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父親も生というものを理解する映画

『いつかの君にもわかること』(2020/イタリア/ルーマニア/イギリス)監督ウベルト・パゾリーニ 出演ジェームズ・ノートン/ダニエル・ラモント/アイリーン・オヒギンス

解説/あらすじ
窓拭き清掃員として働く 33 歳のジョンは若くして不治の病を患い、残された余命はあとわずか。シングルファーザーとして男手ひとつで 4 歳のマイケルを育ててきた彼は、養子縁組の手続きを行い、息子の“新しい親”を探し始める。理想の家族を求め、何組もの“家族候補”と面会をするが、人生最大の決断を前に進むべき道を見失ってしまう。そんな彼は、献身的なソーシャルワーカーとも出会い、自分の不甲斐なさに押しつぶされそうになりながらも、息子にとって最良の未来を選択しようとするが……。

coco映画レビュアー

イタリア映画なのに暗いじゃないかと思ったら協賛国にイギリスが入っていたんだ。どうもケン・ローチ監督の映画のようだと思ったのだ。イタリア語ではなく英語(北アイルランドが舞台だった)のせいかなと思っていたら、予告編みたらイタリア語だった。吹き替えだったのか。よくわからん。国際ヴァージョンとか。

ストーリーは単純で死期が近いシングル・ファーザーが子供のために里親を探す。その中で家族とは?という映画なのかな。泣ける映画だけど号泣映画の部類とは違って、考えさせられる映画になっているからだろうか?

それは死というものを知らない息子に説明出来ない父親の感情とそれまでが理想的でない家族の中で過ごしてきたので少しでも理想の家族を見つけたいという父親の気持ちが里親の完璧さとなかなか合わない。それは金持ちであれば完璧かというとそうでもなく、実際に多数の子供を引き取っている里親もいるのだがそこの子供たちが必ずしも幸せとは限らない。これは父親の理想が高くて、窓拭き職人という底辺な親という意識が強くて、その中で人の暖かさはなんだろうと気づいていく映画となっている。キリスト教よりは仏教的な感じがした。

それは仏教で子供を亡くした母が子供を返してくれと釈迦に頼むと、子供を亡くした家を回ってみろと言われ、それで自分だけの不幸じゃないと気づかせるという話と似ていると思った。キリスト教的な施しという概念じゃない。不完全な生の中に人生を悟るというような。だから、この映画は父親の死の受け入れという映画でもあるのだ。

監督が『おみおくりの作法』というこれも人の死を描いた映画だった。監督インタビューを読んでいたいたら、ケン・ローチ監督みたいだと思ったのは、場所が北アイルランドだったからだ。それで英語だったんだ。死よりも生の希望を伝えたかったと言っている。シングルファーザーが里親を選んだのはシングルマザーの家だったというのは、家族は欠けていても家族なんだという、例えばこの父親のように息子の将来を心配する親がいる。

それでエンディングノートみたいなものをケアーマネージャーみたいな人から進められるのだが、まだ幼い子供に死の恐怖を植え付けたくないというような、そのケアマネージャーとのやり取りも見所になっている。それは父親の里親探しは例外的なことで本当は事務的に進めることなのに、新人(見習い)がその仕事に付きそうということで苦労を共にする。そこが仕事映画とも言えて前回の『おみおくりの作法』もそのパターンだったと気付いた。だから窓拭き職人もそれは素晴らしい仕事のように描いている。その窓を通してその家や人々の様子を覗いているというように。硝子が汚いけれども幸せが見えることもあるというような。窓拭きのシーンが映像的に面白く撮られているのも見所だった。

最終的に子供よりも父親が死を受け入れられるかどうかの話になっていくのだと思う。その短い瞬間で残りの人生をどう息子と過ごしたのかという映画。



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