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鏡花の戯曲が実現したのは、玉三郎のお陰

『夜叉ヶ池』泉鏡花(新潮文庫)

泉鏡花の幻想戯曲。『夜叉ケ池』『海神別荘』『天守物語』は美文調。近松門左衛門の影響を感じる。近松の文体に近いのかもしれない。実際に舞台では難しそう。人形浄瑠璃とかで観たいかも。掛詞を多用しているのでリズミカルに朗読したら気持ちいいだろう。旧字体や文語で慣れるまでは読むのが大変だけど物語は面白い。

『夜叉ヶ池』

明治後期から昭和初期に活躍した小説家、泉鏡花の戯曲。初出は「演芸倶楽部」[1913(大正2)年]。山麓の夜叉ケ池は、鐘をつく掟を破ると龍神が暴れ村は水底に沈むという言い伝えがある。それを破ったために村が滅ぼされてしまう。鐘をはさんで人間界と異界が巧みに交錯する、二重構造になっている。1916(大正5)年、本郷座で初演

龍神伝説が伝えられている岐阜県の夜叉ヶ池は、古来「雨乞い」が行われていた池であり、伏流水(自然の山の木々に貯め込まれた水)が枯れない池となっている。泉鏡花は、この龍神伝説の民話を元に、ゲアハルト・ハウプトマンの『沈鐘』を元ネタとして、戯曲に書き換えたものである。日本の伝承と西洋の物語の出会いの文学なのだ。

例えば武満徹の音楽は日本の伝統音楽だけではない。西洋クラシックの出会いの中で育まれた日本らしさ(武満徹の個性)なのである。

戯曲で三幕構成。萩原夫妻の家、 夜叉ヶ池からの行進、村人の荻原家押しかけ騒動。

萩原夫妻の家

萩原夫妻の家で荻原晃の学友、学円(僧侶でもある)と妻百合の会話。「龍神伝説」と「鐘つき」の由来。鐘つき爺さんが突然倒れたところに居合わせた晃が、鐘つきの後を継ぐ。それは、孫娘?百合と一緒になることだった。

会話は水が流れるような文章で心地よい。江戸時代の口語なのか、リズミカルな言葉のアヤの美文調。百合のしとやかな美しさの仕草、米を研ぐ様子とか、会話の端々に出てくる。この部分は、明治文学を感じる。

晃が夜叉ヶ池を学円に案内する為に夜から出かける。

夜叉ヶ池からの行進

幻想譚となるのは、この場面転換から。百合に子供がいるのだが、夫の留守を魔物から守る唄を歌いながら戸締まりする。それに合わせて、魔物たちの登場。夜叉ヶ池の白雪姫が外に出るいう情景も重ねて、幻想文学となっていく。魔物たちの行進、蟹五郎とか鯉七とか鯰入(黒和尚鯰入)とか出てきて、これはホラーというより水木しげるの妖怪漫画を思わせる。

村人の荻原家押しかけ騒動

村人は日照り続きなので、雨乞いのための生贄の美女が必要だ、ということで萩原に押しかけ百合を生贄にしようと騒動を起こす。生贄は人妻でもいいんかい!と突っ込みたくなったが、美女だったら誰でも構わないようだ。魔物よりも人間の方が恐ろしい。

そして晃たちが帰ってきて、そんなことなら迷信通り、我らがここを出ようとことになって、龍神の大洪水が起きるのだった。そのお陰で白雪姫(民話で夜叉という名前なんだけど白雪となっている)は山の彼氏に会いに行けた。

映画版『夜叉ケ池』


『海神別荘』

初出は「中央公論」[1913(大正2)年]。海底にある琅かん殿の公子が、みそめた美女を人間界から迎える。人の業と自然の気高さが対比的に描かれた作品。1955(昭和30)年、新派が歌舞伎座で初演。近年、坂東玉三郎が「夜叉ヶ池」「天守物語」と共に泉鏡花三部作として上演

パチコンのゲームにありそうなタイトルだが。

「海神別荘」は竜宮城みたいな所だが、ここに行くのは浦島ではなくて生贄にされた美女である。

太宰『浦島さん』の描写がラブホテルとするならば、宮殿級の豪華さである。ただ結納に出す品々が大量すぎて、今だったら国際問題に成りかねない漁獲量だった。寿司屋の湯呑に書かれている寿司ネタの魚が大量に、美女と引き換えにされるのだった。

龍神と結婚した美女は、絢爛豪華な夢のような生活を目の当たりにするが、それでもホームシックにかかり、家族に海で元気でいる姿を伝えたいとする。龍神が言うには、一度海で生きたものは陸に上がると醜い蛇の姿になって現れ、人間には魂の尊さは見えないのだという。姫は嘘だ!と言ってそれなら殺せ!と言うのだ。

龍神が姫を殺そうとした、その瞬間の顔があまりにも美しいので、海の世界で生きていこうと思う。龍神は手首を切って血を飲ませ、その血が陸に花を咲かせた。竜胆(りんどう)と撫子(とこなつ)の花が姫と龍神の化身(分身)なのだった。竜宮で姫は生き続ける。

浦島伝説の女性版なのだが、結末の付け方は泉鏡花のオリジナルだろう。異端の神は、一神教が支配する世界では住めない。鏡花は美の中に生きさせた。

中井英夫の解説でジュール・ヴェルヌ『海底二万里』の影響を受けたのではないか?というのは彗眼である。

『天守物語』

初出は「新小説」[1917(大正6)年]。白鷺城天守閣夫人・富姫と、城の鷹匠・姫川図書之助は互いに惹かれあう。1917(昭和26)年、新派演劇により初演。大正時代に入り円熟味を増す鏡花が、永井荷風や芥川竜之介などの強い支持を受け、その魅力を発揮した幻想譚の傑作。

白鷺城「天守」に棲む夫人は、魔女の系譜。『夜叉ケ池』の白雪姫と知り合いで、『海神別荘』の姫なのか亀姫(乙姫の方が良かったのに)?は妹君。猪苗代城(亀ヶ城)に棲むというのだが、実在した城。戯曲は幻想譚。亀姫が殿の首を土産に持ってくる。血が滴るので舌長姥が舐める。

「汚穢や、(ぺろぺろ)汚穢やの。(ぺろぺろ)汚穢やの、汚穢やの、ああ、甘味うまやの、汚穢やの、ああ、汚穢いぞの、やれ、甘味いぞのう」

殿の白鷹が逃げたというので、鷹匠の図書が天守に登ってくる。そのとき、土産に兜を貰うのだが、それは殿のお宝ということで賊として、追いかけられる。再び天守にて夫人と合うと、一層激しい恋心。

ちょっと不思議すぎてついていけない。口づけで相手の舌を噛み切り、刀を夫人の胸にて心中。その姿は、絵師による絵だったという、ちょっとここは芥川っぽい。鏡花は芝居化を願ったが生前には出来なかった。まあ、難しいだろうね。でも後に歌舞伎やら映画になっていた。玉三郎のお陰。


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