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エルピスや降っても晴れても片時雨

映画館もクリスマスモードなのに『バビ・ヤール』なんていう映画を見ている。おまけにかえってからもショスタコーヴィッチの『バビ・ヤール』を聞いていた。クリスマス見る映画はなんでしょうね。読書なら『クリスマス・キャロル』なのかな。あの話もけっこう悲惨だったような感じがしたが。そうだ、パトラッシュだよな。敬虔な気持ちになって死を迎えるのは。

そういえば今日行き倒れの老人を見た。救急車を呼んだようなので素通りしたけどどういう人だったのかと考えてしまう。孤独な老人なんだろう。でもまだ救急車を呼んで貰えたのだから、暖かい所で死ねるのかもしれない。今日は話が暗くなりそう。

映画見た後に図書館に行って予約本ミシェル・クオ『パトリックと本を読む』を借りてきた。「高橋源一郎の飛ぶ教室」で紹介されていた本である。

【聴き逃し】高橋源一郎の飛ぶ教室 かつての教え子を救うための「読書会」 12月9日(金)午後9:05放送 https://www2.nhk.or.jp/radio/pg/sharer.cgi?p=6324_01_3827397

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他に三木成夫『内蔵とこころ』。これは電子書籍だった。電子書籍はほとんど電車の中で読む。これはけっこうスラスラ読めるのは、自分の身体のことを想起させるから。体内は「小宇宙」だと言葉が印象的だ。DNAが宇宙(外宇宙)の記憶と繋がっているというような。月の満ち欠けや季節に変調を起こすのは、そういうことだと。そういうことを上手く説明できないが。

人間の進化は、魚類からの痕跡があるのは、舌が手と繋がているという。鰓が舌に進化し、鰭が手足となるのだ。赤ん坊が最初に認識するのに、物を舐めて形状や危険物かを判断するのだそう。ある程度赤ん坊のときはそういう毒に対する耐性も出来てくるらしい。あまりにも消毒された環境で育つと毒に対しても耐性がなくなる。昨今のウィルスもその問題を含んでいるかと。
 その赤ん坊が最初に認識するのが母親のおっぱいで、最初は上手く吸えない。母親の方も上手く授乳できない。それをお互いに試行錯誤することで母と子の信頼関係が築かれるのだという。舐め回すのが上手い子は、成人してもキスが上手いとか。対称物との距離を図るのも上手くて造形的な芸術家に多いのだという。ほとんどそういう才能はなかった。

あとは気候による身体の変化とか。こっちは経験していることが多い。もろ夜型だし。夜型なのかな。季節の変調に敏感に反応するし。

そういえば昨日届いたフットウォーマーの内蔵の綿が外に飛び出していた。すでに綻びていたのだ。検品ちゃんとしてないのか?まあ、裁縫は得意じゃないけど割りと好きだったから、今日は夜なべしよう。裁縫仕事をするのを「夜なべ」と言うのは私的方言だった。

図書館で本を借りて「朔太郎展」をやっている文学館に行こうと思ったのだが大粒の雨が降ってきたので帰ることに。帰ってくたときは空は晴れていた。清々しい青空も見せていた。こんなもんだな。


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