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チェーホフもゴーゴリと繋がった

『桜の園/プロポーズ/熊 』アントン・パーヴロヴィチ チェーホフ (著), 浦 雅春 (翻訳)(光文社古典新訳文庫)

美しく咲いた桜の園に5年ぶりに当主ラネフスカヤ夫人が帰ってきた。彼女を喜び迎える屋敷の人々。しかし広大な領地はまもなく競売にかけられることになっていた(「桜の園」)。滑稽で支離滅裂ぶりが笑いを誘うボードビル2篇を併せて収録。登場人物が際立つ絶妙のセリフまわしでチェーホフ喜劇の神髄を味わう、翻訳史に残る会心の新訳!

初めに青空文庫神西 清 (翻訳)で『桜の園』を読んでいたのだが、第二幕まで読んで、Amazonの光文社古典新訳文庫の読み放題があることを知って新訳に切り替えた。登場人物が混乱してよくわからなかったのだが、これ喜劇なんだと解説にあった。というか喜劇としての不条理劇。ボードビルという解説はしっくりきた。ボードビル人間観は、矛盾した人間、一面だけではなく多面性を持った人間なのである。道化役者を見極めること。

もう一つ重要なのが家庭劇だという。家と庭という地主階級。イプセンも家庭劇だったが庭は語られなかった。その違いは興味深い。家の喪失と家庭の喪失。死者を見つめる視線という解説は興味深い(喪失=幽霊のドラマ)。ゴーゴリの系譜。

『桜の園』

第一幕

パリからラネーフスカヤ夫人が帰ってきて、懐かしい人々や部屋の思い出。パリでの貧乏生活。農奴解放以降の貴族的生活を維持していくのは難しい。それで金が入用なのだが、それを工面する必要があったが、浪費癖はなくならない。新しい恋の予感。人物関係が複雑で理解するのが大変。農奴の倅だった青年が土地ブローカーになっていた。地主階級と召使いたちと振興ブルジュア階級の若者たち。

第二幕

前幕の続きを受けて、恋のゆくへと女主人の金遣いの粗さ、ロバーヒンが道化師なんだろうか?キュウリ娘シャルロッタもそんな予感。飴玉叔父さんガーエフ。ドニャーシャの三角関係。禿のトロフィーモフのロシア社会分析(貴族は労働せずインテリも空論ばかり、あるのは不潔、俗悪、アジア的無知蒙昧ばかり)、恋するアーニャに家出の勧め。相変わらず人物を把握するのが大変。チェーホフは混乱するのを狙っているのか?シェイクスピアのパロディ。尼寺へ行けと言われているのはワーリャ?

第三幕

大円舞という舞踏会の会場。ドタバタ劇。トロフィーモフとラネーフスカヤ夫人の対立。社会を知っているトロフィーモフに愛を知らないと論じるラネーフスカヤ。パリのどうしようもない男との恋愛。やがて「桜の園」は農奴の息子、ロパーヒンのものに。アーニャはラネーフスカヤ夫人と家を出ようと決意する。

第四幕

「桜の園」は競売にかけられ、農奴の息子ロパーヒンのものとなって、パーティの後の片付けられた家。それは、それぞれが立ち去る家でもあった。恋のゆくへは成就しなかったが可能性は残っている。

トロフィーモフとネーフスカヤ夫人の対立は、夫人の息子を亡くしてからの二人の違い。夫人は不倫に走り、トロフィーモフは大学へ。トロフィーモフは革命思想に染まった危険思想の持ち主であるということだが、一番まともに思える。ただアーニャは母を選んだということ。

老僕・フィールスの視線がチェーホフと重なるという解説。病に倒れていく老人は、切られていく桜の巨木さながらなのか?

『プロポーズ』

1幕劇のボードビル喜劇。登場人物が三人なのもわかりやすい。地主の父、娘、プロポーズする隣の地主の息子(両親は亡くなっていた)。隣の地主の息子が父に娘が欲しいと願う。父は了解する。娘にプロポーズするつもりが境界の土地争いの話になって口論。そこに父もやってきて裁判沙汰にするということまで。お互いの家族の悪口合戦。隣の息子が帰った後、父と娘の会話で息子がプロポーズしにきたことをを知った娘が呼び戻すように父に頼む。今度は猟犬のことで口論になる。さて、結末は?

『熊』

一幕の滑稽劇。未亡人の女地主。中年の地主。女地主の召使い老人。借金取りに迫られて未亡人邸に馬の小麦代を早く返してくれるように迫る地主。その借金のことで口論したことからお互いの欠点をあげつらう非難合戦から決闘へ。その凛々しさを認めた中年地主が、未亡人に恋に落ちていく。熊のようにやってきた地主が、ピストルの扱い方も知らない未亡人と決闘することになり、銃を使う前に唇を奪う。チェーホフの銃が不発だったボードビル喜劇だ!

『桜の園』と『モラルの話』は似ている。トロフィーモフとラネーフスカヤ夫人の対立は、論理と愛(失うことをも含めて)の対立だ。夫人が悲劇だったとも言えないと思うのは、愛の幻想を信じているからだろうか?

その娘アーニャが夫人を選んだということ。家族愛なのかもしれないが、理念よりも愛なんだと思った。人類の過ちなんだろうか。愛では救えないのに。


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