見出し画像

シン・現代詩レッスン30

今日は『新訳決定版 ファウスト 第二部』から。悲劇ということなんだがアリストテレス『詩学』では古典悲劇は詩ということだった。

「詩学」で悲劇の重要なものとして、「カタルシス」を上げている。ゲーテ『ファウスト』ではメフィストがファウストを悪の道に誘うところ踏ん張って最後にメフィストの血の契約を反故にして、天使の側に付く。その前段階で四人の女が登場してファウストを誘惑しようとするのだが、それを拒否するのだ。

「カタルシス」でアリストテレスは「魂の三分説」を称えるのだ。「理知的部分」「気概(激情)の部分」「欲望的な部分」。ファウストが悪魔の酩酊から目覚めるのが「理知的部分」、悪魔であるメフィストの感情が「気概(激情)の部分」で女による誘いが「欲望的な部分」だろうか?悲劇は、感情や欲望を刺激する作品で「知性に害毒を与える」という。ここでは「四人の女」だ。

真夜中

四人の灰色の女が登場

女一
わたしの名は「不足」。
女二
わたしは「罪」。
女三
わたしは「憂い」
女四
わたしは「困窮」
三人
鍵が下りていると入れない。金持ちの住居には立ち入り無用。

ゲーテ『新訳決定版 ファウスト 第二部』池内紀訳

ここでの女のゲーテが考える定義みたいなものが伺えるのかもしれない。「不足」というのは最初の男(人)からの欠如としてのイヴ=リリスというキリスト教的な思考があるのだと思う。「罪」もイヴ=リリスの「罪」は悪魔(蛇)の誘いを断れなかった。「憂い」は男に比べて「憂い」ているのか?「困窮」は男の生活力との違いだろうか?男女格差社会なのである。

闇の部屋 やどかり

三人の女が闇の部屋に控えていた。
No.1ルームの女は熟女だった。
No.2ルームの女はロリータだった。
No.3ルームの女は白衣の天使だった。
それぞれの女の役割、
母であり
娘であり
妻である。

やどかりの詩

鍵が下りていると入れない。金持ちの住居には立ち入り無用。
不足
それでは、わたしは影になる。

わたしは退散だ。
困窮
ぜいたく好きは、わたしから顔をそむける。
憂い
あんたたちにはむりだ。入れない。わたしは鍵穴からでも忍び込める。
(姿を消す)
不足
灰色の妹たち、もう行こうよ。

おまえにくっついていく。
困窮
しんがりはわたしだ。
三人
雲がひろがる、星が隠れる!あそこ、あの遠くからやってくる、やってきた──兄さんの死神。

ゲーテ『新訳決定版 ファウスト 第二部』池内紀訳

ファウストは錬金術のおかげで金持ちの邸宅に住んでいる。そこへメフィストの使いである女たちがやってくる。なんとかして悪魔の契約をファウストに思い出させるのだ。その後に雷と共に怖い兄さん(メフィスト=ルシファー)がやってくるのだ。

俺の前に母がいた
馬に変えられているのか?
俺は杜子春か?

俺の前に娘がいた
ピンクのキャデラックでモーテル探し
俺はハンバート・ハンバート!

俺の前に妻がいた
ベッドに管に繋がれた俺がいる
妻は微笑む、白衣の天使

夢から目覚め
ドクター閻魔の検診だ
ぞろぞろ悪魔を従えて
動けない俺の舌を抜く

女たちは言った
我らの父よ!
憐れみたまえ!

やどかりの詩

ファウスト
世の中を駆け通しできた。欲望の赴くところの前髪をつかみ、気に入らなければ放り出した。逃げるやつはそのままにした。ひたすら望んで、それをやりとげ、さらに望んで、生涯をつらぬいてきた。はじめは猛々しかったが、しだいに懸命に、思慮深くなった。地上のことは十分に知った。天上のことは知るべくもない。天上に憧れ、雲の上に仲間を求めるなどは愚かしい!しっかと地に足をつけ、まわりを見廻す。その気さえあれば、世界が黙ってはいないのだ。永遠を求めて何になろう。認識したものこそ手にとれる。この世の道をどこまでも辿っていく。あやかしがあらわれようと、わが道を行く。求めるかぎり苦しみがあり、幸せがある。ひとときも満ち足りることはない。

ゲーテ『新訳決定版 ファウスト 第二部』池内紀訳

ファウストと女たちの対話になるのだが、女は「憂い」が代表するようで、そのあとにファウストの長い独白に成っていく。それはファウストの心変わりで、散文詩(劇の独白)として書かれることになる。散文詩はまだやってないのだが、こんな劇詩の長い独白なのかもしれない。

俺は管を引きちぎりベッドを飛び出す。母の悲鳴、娘の哀願、妻の脅迫、そんなものからはおさらばするのさ。俺は独身男に戻って自由気ままに死んでいく。生きるのではなしに。それが最後の戦い。奴らの愛なんてクソ喰らえ!愛の媚薬の酩酊から覚醒する俺の意識よ。痛みを引きずっているのも生の証だ。苦しみは酩酊から覚醒させる最期の力だ。その僅かな間に喋るだけ喋ってやるのさ。

やどかりの詩


この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?