兄やんとネコと魚
今年の春先の事、その日はめずらしく気持ちが高揚していました。
はっきりとしませんが恐らく1年半以上は会っていない友人と、食事に行く約束をしていたからです。
約束の日に合わせて少し伸びてきたショートカットも整えに行き、『ふくきたる』で書いたワンピースに初めて袖を通しました。
いやそこまでじゃないわ。
エステサロンを営む彼女から、食事の2週間ほど前に新しいブランドのロゴをデザインしてもらえないかと依頼があり、ラフアイデアをいくつか送ったものに対してブレストしましょうという話でしたが、主目的はもちろん久しぶりに美味しいごはんを一緒に食べる事です。
私はいつか誰かを連れて来たいと思っていた小さなレストランを予約しました。
釣りを通じて友人になった私たちは、お互いの背景を深く知っている訳ではありませんが、少なくとも私は自分の人生に深い関わりのある人だと思っています。
彼女は兄やんと言う。
兄やんは私をネコちゃんと呼ぶ。
お互いの年齢もあやふやかもしれない。
お互いの本名もあやふやかもしれない。
ちょっと奇妙かもしれない。
兄やんは何かにつけサプライズプレゼントを送ってくれるのですが、見慣れない本名に何かの詐欺かと思い、受け取り拒否しかけた事もありました。
レストランはマンションの一室のような場所にあってわかりにくいため、私は少し早めに着いて建物の入り口で待っていました。
ティロン。
LINEか。
なんでなん?
私の見立てでは、そこから店まで歩くには遠すぎるし相当時間がかかります。
地方うまれ都会育ちの私より、都会うまれ都会育ち悪そうなヤツは大体友達の兄やんの方がよく知ってるはずなのに、謎の判断。
確実に予約時間過ぎるだろうけど彼女の行動はおおむねいつも不可解であるため、むしろ楽しんでいる自分がいました。
ティロン。
だろうよ。
この未来高確率で予想してた。
私はお店の目印となりそうな看板の写真を送り、先に入っておくと返信しました。
店内はこじんまりとした広さで、相変わらず落ち着いた雰囲気です。
先に着席して、メニューボードを穴が空くほど眺めながら彼女を待っていました。
ここには美味しいものしかない。
ここには食べたいものしかない。
兄やんは来ない。
道に迷っている可能性が非常に高いと思われますが、いつか辿り着くだろうから放置します。大体いつも、何かにつけ迷ってる人なのです。
ようやく到着する頃には、すでに私の中でオーダーしたいメニューは決まっていました。
「ネコちゃん迷ったわ!!」
だろうね。
「食べたいもんいっぱいある」
「もう何でもたのも、大人やから全部たのも」
久しぶり!とか元気?とか、そのような挨拶もぶっ飛ばし食べたいものに夢中です。
ほんまに会うの久しぶりなんやろか。
本日のカルパッチョ盛り合わせ
パルマ産生ハムとパパイヤ
天使の海老ときのこのグラタン
仔牛のカツレツミラノ風
くるみとジャガイモのゴルゴンゾーラパスタ
ティラミス
会わなかった期間のお互いの話しよりも、今、目の前にある美味しい食べ物について語り合える事が嬉しいと感じるのは、お互い相変わらず気を使う関係ではないということの表れだと思うからです。
どの料理も本当に素晴らしく、厨房に押しかけて「最高でした!!」と叫びたいぐらいでした。
思いとどまって良かった。
何より兄やんが美味しい美味しいと言って食べてくれた事が嬉しく、ご満足いただけて何よりですと安堵するような気持ちになります。
「お店の人に写真撮ってもらお」
ここ数年は猫やnote用の料理写真ばかりでしたが、最近は誰かと会うと何かにつけ写真を残すようになりました。自粛期間というものが突如として人生に訪れ、世界情勢が不安定になり、こうやって人と会える事がとても貴重なのだという想いが、少し強くなったのかもしれません。
お店の人は快く引き受けてくれましたが、もう全て食べ終わった後でテーブルの上には何一つ残っておらず「ちょっと殺風景ですね」と苦笑いです。
兄やんは「これ白ワインぽく持とう」と言い、2人で水の入ったグラスを手にポーズを決めました。
2人ともよそ行きの笑顔が面白くて良い写真だなと見ていたところ、ふと、思いました。
タグ、いつから出てたんかなぁて。
結構今日、キメキメで来たのになぁて。
先日兄やんから衝撃の写真が届きました。
大物が爆釣したらしい。
信じられない。
見たことない巨大なアコウが鎮座していました。
アコウについてどうやって食べたのかと聞くと、釣らせてもらったようなものだから操船してくれた仲間にプレゼントしたとの事。
2回目の信じられない。
懐の深さ下部マントルまでいく。
といいつつ、サプライズでうちに届くんじゃない?と待っていますが、今日時点で未着です。
近日中、兄やんとその他仲間たちと海に出る予定です。
海はいい。
私たちにお構いなく、やれ凪だ白波だと表情をコロコロと変え、私たちにお構いなく豊かないのちがそこらじゅうを泳ぎ回り、私たちはそれらに翻弄されるだけ。
2年以上行っていないのでもはや釣り方も忘れてしまっていますが、大海原でみんなの弾けるような笑顔をたくさん写真におさめようと、楽しみにしています。
なお、私が釣れなかった場合は、お魚くわえたドラネコになってみんなの魚を片っ端から強奪するつもりですし、万が一私が釣れても絶対誰にもプレゼントしないつもりです。
懐の深さ角質層止まり。
#日記 , #エッセイ , #友人 , #美味しいレストラン , #魚 , #食事
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