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思いがけず母の味とは何かを考える

打ち合わせの帰り道、後輩とコンビニに立ち寄りました。
お菓子コーナーで、チョコを買うかどうか、買うならどれかと2人で議論している最中に、ふと店内のBGMでかかった曲について、後輩が言いました。

「あっこれ!この曲私めっちゃ好きなんですよ!」
「ああ、これね、私もいい曲やと思う」
「えーっと、何でしたっけほら、物忘れみたいな。あれ、物忘?でした?」
「この状況の事ゆーてんの?」
「いやいや、曲名ですw」
「勿忘(わすれな)やろ」
「AHAHAHAHAHA!そうですそうです!」
「物忘れってそれ、君の事な」
「パイセンつっこみ激しい!AHAHAHAHA!」

本当にボケが雑。

面白すぎるんですけどと思いながら、私の頭には昔の出来事が甦っていました。

大学時代に実家へ帰省した時の事です。

昼食に出されたカレーを一口食べて、あれ、何だか味がちがうと感じました。
うちはいつもバーモントカレーの中辛で、それが定番の味でした。

玉ねぎ、ジャガイモ、にんじん、肉といった基本的な具材が入っていて、野菜は父が家庭菜園で作ったものが使われていました。
時にジャガイモは男爵が使われますので、煮崩れして形が残っていないような事もありましたがそれもご愛嬌、私はそんな、母が作る何の飾り気もないカレーが大好きで、小学生の頃は食べすぎてお腹を壊した事もあるほどです。


「お母さん、カレーのルー変えた?今日味がちがう」
「わかった?そう、変えてみたん」
「何にしたん」
「えっとねぇ…ほらアレ…えーっとそうそう!!『こぐまちゃんカレー』」

あれか、ディズニーとかサンリオとかのコラボ的な何かか。

「初耳やねんけど…『こぐまちゃんカレー』なんてある!?」
「ある。パッケージにそう書いてあったよ」
「ほんまに?」
「うん『こぐまちゃんカレー』やで」
「マジで?」
「あるよ」
「ファイナルアンサー?」
「ある」

絶対間違ってない感を出す母と、訝しむ私。

アキラ100%怪しい。アキラいらん。

私はすっくと立ち上がって、カレーのルーがストックしてあるキッチンの引き出しを開けました。

そこには『こくまろカレー』が鎮座していました。

「お母さん…」
「AHAHAHAHAHAHA!間違えた!」

本当にボケが雑。
『きみまろカレー』の方がまだ100歩譲って許せそうな気がする。

この思い出について私は長年、年老いた母だから仕方なかったのかなと思っていましたが、よくよく考えるとその当時、母、50代前半でした。
私のそう遠くない将来です。将来が不安です。

そんな事を思い出しながら、私はカレーが食べたくなって、その日の夜作ることに決めました。もちろんルーは『こくまろカレー』です。

過去にいろいろ試してみたい好奇心から、ルーを数種類混ぜてみたり、スパイスを足してみたり、隠し味にチョコレート、はちみつ、コーヒー、リンゴ、さまざまなものを入れてみましたが、私の至った結論は「具もシンプルにして、何も足さないのが一番おいしい」でした。

私にはまだフリー演技が早かったのか、自分オリジナルの美味しさを追求する事ができなかったのです。

その日も、基本的な具材で作る事にしました。せめてもの工夫は、玉ねぎを飴色になるまでゆっくりと炒める事と、目玉焼きとチーズをトッピングする事ぐらいです。

いつもの手順に沿って作りながら、私は母のカレーの事を考えていました。

現在はもう完全におばあちゃんになってしまった母は、今も帰省すると必ずと言っていいほどカレーを作ってくれます。私が昔から母のカレーが好きだというのを知っての事でしょう。父も料理をするのですが、やはりカレーは母の担当です。


ですがもう、昔のような味ではありません。

歳を重ね、さまざまな判断力や思考力が少しづつ衰える方へと向かうに従って、簡単なカレーですら、作り方にも変化が訪れます。たとえばカレーに合わない葉野菜が使われたり、煮込みすぎたり、味が薄かったり、その逆も然り、うまくいかない事が多くなってきているようです。

私は、都度違うそのカレーの味が、母の老いを感じる1つの指標のようで、食べるたびに、いつも少しだけ胸が苦しくなるのです。

それでも私は「お母さん、カレー美味しい」と言います。
もはやルーが何かもわかりませんが、間違いなく私にとっては美味しいからです。

私自身も歳を重ねて思う母の味とは、“いつまでも変わらない味“ではなく、むしろ老いと共に味が変化し続けながらも、長い歴史の中で積み重なった、そこにある揺るぎない母に対する想い(愛も僧も)を思い出させるもの、なのだと感じます。

一旦火を止めてルーを割り入れ、もう一度火をつけた後、グツグツと煮込まれるカレーをぼんやり見つめていました。
センチメンタルの沼にゆっくりと沈んでいくようでした。

そのときです。

(そう言えばこんな茶色の熊、おるな)

私はその思いつきにフッと笑えてしまって沼から引き戻され、何ともおかしな思い出とともに、幸せな気持ちで出来上がったカレーを食べました。

『こぐまちゃんカレー』あるかもなー。

あると思います。

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