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芸大卒だとイキってオンラインデッサン講座を受講したらメンタルを大怪我した日

デッサンが描きたかった。

描きたいなら描けば良いじゃないって話なのだが、1人で描くのも何だか寂しいし、今のご時世オンラインレッスンとやらが安価で気軽に受講できるとくれば、一度体験してみない手はない。
以前から、オンラインで知らない人と一緒に絵を描くという事への興味もあり、少人数制のレッスンを受講してみる事に決めた。

大学時代は美術を学んでいたし、若い頃は良く描いていたので経験値0ではないのだが、受験デッサンを学びたいわけでもなく、ただ「ゆるっと描くことを楽しみたい」「見知らぬ人と、描く楽しみを共有したい」という事が目的だったため、デッサン入門編を選択した。

レッスンを予約すると、当日に向けて早速メッセージが送られてきた。
基本的な道具の揃え方、当日描くモチーフとして、手のひらサイズの野菜か果物を用意する事、そのほか事前に視聴しておくと基礎が理解できる動画のURLも記載されている。

さっそく動画を再生すると、先生の説明でデッサンに必要な概論がやさしく丁寧に、そしてわかりやすく予習できるものになっていた。

興味深くのめり込んで視聴しているうちに、ああそうだそうだ、デッサンってこうやって描くんだったと、少しずつ昔の記憶が蘇ってくる。

しかしそうするうち、困った事に変な自信が湧いてきたのだ。

やっぱり入門編だと物足りなかったかなー。
きっとみんなビギナーやろうし、私が飛び抜けて上手かったら引いちゃうかなー。

傲慢にも程があるが、一度自信が湧いてくると止まらない。
スーパーに行きモチーフを選ぶ時も、まるで地獄の源泉のごとくゴボゴボと無駄に熱い何かが湧き出してくる。

りんごって選びがちやから絶対周りと被るし、違うモチーフにしよっかなー。
白菜とか?ちょっと葉っぱ複雑やし。あ、手のひらサイズって書いてたからあかんか。
カットしたかぼちゃとか?切り口の種の部分ちょっと複雑じゃない?
それともぶどう!?粒モノいっちゃう!?

ニヤニヤしながらスーパーの青果コーナーをうろつき回り、結局柿を選んだ。
ツルッとしたボディとガサガサした葉っぱを描き分ける事で、ちょっと玄人感を出したい自己顕示欲が、見事に現れたモチーフ選定だ。

そしていよいよ当日、少し緊張しながら指定のZoomアドレスにアクセスした。
そこには、柔らかで個性的な雰囲気の先生と、3人の生徒さんたちがいた。どうやらその中の1人の女性は、リピーターさんらしい。

まずはモチーフ発表だ。
初めて参加された2人の選んだモチーフは、りんごだった。
私はちょっと自信ありげに「柿にしました!」と言った。
するとリピーターさんは「くまのぬいぐるみにしました」と言った。

私は耳を疑った。
野菜でも果物でもなく、もはや生物ですらない物体『ぬいぐるみ』である。

続けて、事前に少し描き始めていると言った。
な、なかなかのやる気ではないか…!

「では最初にそれを見てみましょうか」

まずはその絵が全員に画面共有され、先生がアドバイスをするのだ。この講座では途中自分の描いた絵を撮影して先生に送信し、それを先生が全員に共有しながらアドバイスを重ねていくというシステムである。

くまのぬいぐるみのデッサンが画面共有された。

私はそれを見て、ドキっとした。

首元に可愛いリボンをしたくまが、驚くほどやさしいタッチで描かれている。

“やさしい絵“だと強烈に感じさせるデッサンだった。

ふわふわした長い毛足が1本1本丁寧に描かれていて、ベージュの毛色が薄いグレートーンで表現されている。
つぶらな黒い瞳がキラッと光っていて、首元の大きなリボンは何度も消されたような跡があり、可愛いその形を何とか捉えようとした努力をうかがわせた。

「すごく丁寧に、良く観察して描かれてますね!毛足が長いぬいぐるみって描くには難しいと躊躇しそうですが、どうしてこれをモチーフに選んだんですか?」

先生が率直に質問した。

「クリスマスに、娘にプレゼントしたくて。くまを描いたあとまわりにクリスマスっぽいモチーフを描きたいんですけど、それはまだ決まってないんです」

少し恥ずかしそうな笑顔で、その女性は言った。

一瞬にしてその場の空気がやさしさという光に包まれた。聖母降臨である。

私は不純な動機で柿を選んだ自分を、心の底から恥じた。
どうかその光で私の汚れた心を浄化して欲しい。


動揺する気持ちを抑え『よし、何とかやるぞ!描ききるぞ!(柿だけに)』と心でダジャレを飛ばしながら柿と向き合った。

大きく形を捉えて、面を意識して、影がどこからどう流れているか意識して、色と影を描き分けて…。

あれ、全然描けない。

描けるはずだというプライドのような、過去の成功体験のようなものがまとわりついて、モチーフを素直に見て描く事ができない。

こんなはずじゃ、こんなはずじゃ、こんなはずじゃ…。
焦れば焦るほど空回りが続き、無駄に線が重ねられていく。

途中全員のデッサンが共有されたが、明らかに私のそれだけ焦げたように真っ黒だった。


私、ブラックホール描いたんかな。


「んー…最初は面をしっかり意識できていたし、形の取り方も基礎がちゃんとしてたんですが、ちょっと今迷ってる感じですねー」

ここからどう立ち直らせようかと、必死で考えている先生の困惑が伝わってくる。

ふわふわのくまさんはよりふわふわになり、リボンの形も美しく可愛らしく整えられ、陰影も表現された事でぐんと立体的になり、生き生きとしたその目には、美しい命が吹き込まれているとしか思えない。

それを横目に、私の柿はどんどん命が奪われ、真っ黒に腐っていった。


あっという間に時間が過ぎた。
最後は各自納得のいくまでモチーフと向き合って、完成したと思ったタイミングで写真を送って下さいとの事だ。どうやら後日、動画でまとめて講評されるらしい。

もう、向き合いたくない。
だってもう、腐ってるもん。

そう思いながらも引き続き描き続け、少しでも生物としての柿に近づけようと必死にもがいた。そして終了後に送られてきた復習動画を見ながら、こんなはずじゃなかったともう1枚デッサンを描いた。気がつくともう4時間半ぶっ通しで描いていた。意地である。

先生に2枚描いた理由とその写真を送ると、早速それぞれの良い点や改善点のアドバイスが送られてきた。
最後には「どちらも良く描けていますよ!何より復習動画を見て、もう1枚描こうと思った情熱が素晴らしいです!!」と褒めてくれた。

しかしもう何だか自分としては、とても疲れていた。


燃えたよ…まっ白に…燃えつきた…まっ白にな…。

ジョー!!

一体何なんや。
ただ、描くという楽しい時間を見知らぬ人と共有したかっただけなのに。

ヨロヨロとキッチンへ向かい、モチーフの柿の皮を剥いてカットした。

ほんのり甘い柿を食べながら、あのやさしい女性が描いたくまのぬいぐるみのデッサンが、どう仕上がったのか早く講評動画で見たいな、とそんな事を考えていた。


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