お疲れシフォンケーキ
交通系ICカード『ICOCA』の、カモノハシのキャラクターイコちゃんがガリガリくんに見えたその日、私の住むエリアは今年の夏1番の暑さでした。
自宅から最寄りの駅に向かって、暑さによろめきながら歩いていたところ、歩道に面した小さなたこ焼き屋さんから、時速60キロぐらいのスピードで地面スレスレに鳩が飛び出してきて、危うく衝突するところでした。
本当にびっくりしました。
鳩が豆鉄砲を食ったような感じです。
鳩じゃなくて私がです。
電車に揺られながら、最近忙しさや夏バテで心身共に疲れ果て、料理もお菓子作りもめっきりできていない事に思いを馳せていました。
ちょっと息抜きしたいな。
何か、優しいおやつが食べたいし、作りたい。
疲れをいやしてくれるような、優しさで包み込んでくれるような、おやつ。
そんなのあるかな、ありました。
シフォンケーキです。
絹という名前からして優しそうですし、何よりあのふわふわでしっとりした口当たりがそれを体現していて、名実共に優しいおやつに間違いないのです。
ずいぶん昔スポンジケーキは何度か焼いた事がありますが、シフォンケーキは初めての事なので、必要な道具と材料を調べるために、早速スマホで検索しました。
材料は薄力粉、砂糖、サラダ油、卵、牛乳。
ごくごく日常的な材料によって、まさかあのようなボリューム感と存在感のあるおいしいスイーツが出来上がるなんて、発明者はエジソンだったでしょうか。
紅茶やココアなどのアレンジレシピがあるようですが、まずはベーシックなものにチャレンジしようと考えながら、いくつか検討しているうちに、私はある事に気がつきました。
『絶対失敗しない!』
『失敗しにくい!』
『失敗なしに作れる!』
『失敗知らず!』
米倉涼子がチラつく。
レシピには、結構な割り合いで“失敗しない“と、キャッチーなコピーが付いています。
これは油断したら失敗するやつやな、とそう確信しました。
「絶対失敗しないよ!失敗しにくいよ!」と言われれば言われるほど、失敗する気がしてくるのは、ダチョウ倶楽部の「押すなよ!絶対に押すなよ!」で熱湯に放り込まれるあの感じを少し思い出させます。
優しいおやつなのに、優しくないとは何事だと独りごちながら、17センチのシフォンケーキ型の中で一番安価なものをAmazonでポチりました。
シフォンケーキもスポンジケーキの部類なので、どうやら作り方は似ているようです。
ポイントは、卵白を弾力のあるものにしっかり泡立てる事と、卵黄、薄力粉、油、牛乳、少量の砂糖を混ぜ合わせた、とろとろの液体状のもの(ホットケーキの生地のようなもの)を、その卵白といかにうまく混ぜ合わせるか、という事です。
私は初めにとろとろの液体状のものを作り、それから別のボウルで、卵白を自動泡立て器でどんどんと膨らませていきました。
“ガシャガシャガシャガシャ”という、超高速に回転する泡立て器の音に我が家の猫ちゃんズが驚いて、まるで鳩が豆鉄砲を食っ…
他に表現ないんか。
10分ほど経ったでしょうか。
全体に艶を帯びた、真夏の入道雲のような卵白が出来上がりました。
これが世に言うメレンゲというやつです。
そしていよいよ、とろとろの液体と、ふわふわメレンゲのマリアージュ。
病める時も健やかなる時も愛し敬い慈しむ事を誓い合うべく、まるで正反対の2人を、うまく溶け込ませながら、シフォンケーキの生地なるものを完成させました。
幸あれ。
焼いている途中何度か心配になり、オーブンレンジの黒いフィルターがかかった扉の向こうを覗き込みましたが、どうやら膨らんでいるようだという事がわかり、すっかり安心しきっていると、あっという間に焼き上がりの合図です。
扉を開けると、甘ったるい熱気とともに、型から溢れんばかりに膨らんだシフォンケーキが目に飛び込んできました。
焦げてるー!!!!!
てっぺん焦げてる!!!!
膨らみに対してオーブンレンジが狭すぎたのか、てっぺん丸焦げ!
ぐぬぬぬぬ。仕方ない、ひとまず膨らんだから良い。
一旦冷ますために、型ごと逆さまにしてコップの上に置き、30分ほど放置したらいよいよ型から外して完成です。
型と生地の間にゆっくりとナイフを入れながら、剥がしていく。
まるで披露宴のケーキカットのようじゃないのとマリアージュにひっぱられながら、丁寧に丁寧に作業を行いました。
焦げたてっぺんはお皿と接する面になりますので、見栄えは何とか保てるでしょう。
よっこいしょ。
うん、そうですね。
私は目の前のお皿に乗せられたシフォンケーキに、一言労いの言葉をかけたくなりました。
「よく、戦ったね…お疲れ様」
それはまるで、戦いに敗れてボロボロになった戦士のいでたちでした。
絹どころかボロ布を纏った何か。ガーゼで手当てしてあげたい。
優しいおやつにいやされたかったはずなのに、傷だらけのおやつをいやしてあげたい気持ちになるという、なんでしょうこの感じ。
私はカットしてお皿にとり分けました。
外のボロボロ感とは違って、切り口はなめらかでとても美しく、悪くないようです。
期待を胸にそっと口に運ぶと、ふんわりと甘い香りが鼻から抜けて、弾力のある生地が口の中で…
モッサモサ。
モッサモサ。
口の中の水分ぜーんぶ持ってかれる。
明らかに喉を通りそうにないそれを紅茶で流し込むという、理想のシフォンケーキとは程遠いもので、ティータイムを終えました。
人生初のシフォンケーキは“お疲れシフォンケーキ“と相成りましたが、それでもやっぱりお菓子作りは、私の疲れを癒してくれるものでした。
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