長ネギになりかけたあの日は青天井
キャラクターショーをご存知だろうか。
それは多くの人が幼き頃に経験する、夢と希望が詰まった子どもの最強エンターテインメントだ。
昭和に生まれ、過疎地域で育った私は、それと触れ合う事なく大人になった。
幼い頃、両親に連れられていった地域の何かの会合で、獅子舞に出会った。真っ赤な顔に墨汁を浸した筆先をおもわせる2本の眉毛、大きな口に怪しく光る黄金の歯をガタガタガタと震わせ、真っ白い髪を振り乱して近づいてきた。私は全身全霊で泣いたが周りの大人たちは笑っていた。トラウマになる寸前である。
そう、ある程度の年齢になるまで、それはキャラクターショーの1種だと思っていた。いやあれは伝統芸だ。
もう随分昔の話になる。
私が初めて就職したイベント会社では、キャラクターショーを仕事にしていた。男の子が大好きなヒーローショーや、幼い子どもに人気のアニメキャラクターショー、その他うさぎやパンダの着ぐるみなど、子どもたちの喜怒哀楽を最大限に引き出す数々の宝物が倉庫で保管されていた。
サンタクロースは実在しないと知っているみなさんはご存知かと思うが、キャラクターにはその中に入るキャストという人々が存在する。繊細かつ大胆な動きと表現力で、子どもたちに夢を与えているのだ。私はそのキャストを現地に連れて行き、会場の音響や客席などを段取りする裏方スタッフだった。
そしてそれは入社2年目の、ある日の出来事だった。
朝の6時に会社へ集合し、大きな車にキャラクターの着ぐるみ、音響、テントなどの荷物を積み込んだ。7時に出発し、8時には会場入りする予定だ。その日はゴールデンウィークの真っ只中で、他にも沢山のチームが準備を行なっていた。1つのチームが出発するたびに「いってらっしゃい、気をつけて」と、見送りながら準備を進めていた。
「aotenさん」
振り返るとキャストの子が困った顔で私を見つめている。
「どうしたん」
「Aくんがまだ来てません」
もう出発直前だった。
「携帯に電話したんですけど出ません」
寝坊か、トラブルか。確率的には圧倒的に前者だ。キャラクターショーは録音されたストーリーに合わせてキャストが動くことから、1人抜けると物語が成立しない。狂ったように私から電話をしてみるも、毎回留守番電話におつなぎされる。どうかAくんにおつなぎしてくれとの願いも虚しく、出発しないと確実に遅刻するタイミングになった。
「これ以上待ったら全員が遅れるから出発しろ。空いてるキャストがいないか方々あたってみる」
会社の指示に従い、荷物と5人のキャストと司会者を車に乗せ、現地に向かった。私は運転しながらバックミラー越しにキャストたちの姿を交互に見た。全員無言で絶望的な表情をしている。繁忙期だから余ってるキャストなんているわけがない、Aくんをつかまえるしかない、そういう事をみんな考えていたのかもしれない。
現場は某ショッピングセンターの屋上である。
まずは事務所に行き、お世話になっている担当者の方を訪ねた。
「おはようございますaotenです!!本日よろしくお願いします!!準備始めてよろしいでしょうかぁっ」
いつも以上に大きな声で元気よくびっくりマーク多めの笑顔で、何か隠し事あるんじゃない?と疑われる感じの挨拶をした。
「おはようございますaotenさん!今日はよろしくね。晴れてよかったですね!もう昨日から何件か問い合わせの電話もありましたよ、雨だったらどうなりますか?って。準備お願いしますね、何かあれば呼んでください」ニッコリ。
もう呼んでいいでしょうか、何かあってしまいました。申し訳ございません。
恐怖と不安の入り混じった感情で、まるであの日の獅子舞のように歯がガタガタと震えている。しかしきっと顔色は真っ青だっただろう。
開演まで2時間半。Aくんが1時間以内につかまれば、タクシーを飛ばしてギリギリ客入れに間に合う可能性がある。
とにかくテントと音響を設営し、客席を整えた。キャストの5人はAくん抜きのリハーサルを進め、司会者は台本を読みながら練習をしていた。
私はまた狂ったようにAくんにコールした。それはもう私にとって祈りに近い行為だった。
開演1時間30分前、無情にも時は過ぎていったその時、携帯電話が鳴った。
会社からだ。もしかして、誰か見つかった…!?震える手で電話に出た。
「繁忙期で他のキャストもやっぱりつかまらんわ。Aくんもつながらん」
「どうすればいいんでしょうか…他に誰かいませんか…」
「…お前、入れ」
言われると思った。
「他に誰かいませんか」と言葉を発した後に「っつーか私かははっ」という乾いたツッコミが脳内で聞こえた。ショーが始まってしまえば、スタッフの出番はトラブルがあった時以外にない。物理的には成立してしまうのだ。
Aくんの役どころは「長ネギ」のキャラクターだ。緑と白の、細長い長ネギ。
会社からの電話を切り、リハーサルを進めているキャストのところへ向かった。
「Aくんまだつかまらないし、代わりのキャストもいないから、会社からお前が入れるようにスタンバイしとけって指示があった。私ガリガリやから長ネギの着ぐるみは一応着られると思う、ヘへ。」
みんなの不安な気持ちを和らげようと少しおどけた口調で言ってみた。全員が哀れみと絶望が入り混じるブラックホールのような目で、私を見つめていた。
「aotenさん…わかりました。じゃあ僕が長ネギのキャラクターの動きを教えます」もう腹を括るしかないと思った1人のキャストが静寂を切り裂いた。
「よろしくお願いします」
「aotenさんがあまり動かなくていいように、僕たち周りのキャラクターが動きますんで。aotenさんは…ここにいてくれるだけでいいです」
君はここにいてくれるだけでいい、これがプロポーズの言葉だったらなんて素敵なんだろう。Can you Celebrate?しかし私はいま長ネギのキャラクターだ。
ど素人とはいえステージに上がったらもうそこはプロフェッショナルの世界、失敗など許されない。
キャストというプロ集団によって最低限の動きに変更がなされ、それを繰り返し練習する。「そこで少し右足を出してください」「このセリフで右手をスッと振り下ろしてください」キャストの指導を受けながら、颯爽とした動きを身につける。
練習を重ねるうちにいよいよ私の気持ちも長ネギのキャラクターに近づきつつあった。凛とした立ち姿が、ほらもう長ネギだ。既に引き返せないところまで来たという覚悟が私の胸を高鳴らせた。
そんな時だ、ポケットに入れていた携帯が大きな音で鳴った。
Aくんだった。
床に頭をのめり込ませて土下座しているのではないか。野太く絞り出すような謝罪の声が聞こえてくる。すぐさまタクシーで会場へ向かうよう指示を出した。
そうか、間に合うのか。
私は長ネギにならなくていいのか。
安堵と共にさまざまな感情が押し寄せてきた。涙がこぼれ落ちそうになるが上を向いて歩こう、ここは仕事場だ。
長ネギの立ち姿で天を仰ぐと、そこは青天井だった。
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