「タバコの煙で殺人が出来ます。」/雨月日記

「タバコの煙で殺人が出来ます。」
 
 何処かの国ではこんな謳い文句がタバコの箱に書かれているらしい。やはりそうかと言うか、僕自身はタバコの煙で殺された経験があるので、非常に感慨深い言葉ではある。最初は子どもの頃に付き合った真里で、窓辺で関係の別れ際に、紫煙を燻らせながら「あんたの様な男は自殺してしまえばいいのよ。」と言われた。タバコの事を愛していた真里に、関係を始めるなら自分の前では吸うな、と言ってからついぞ僕が彼女のその姿を見ることはなかったのだが、そもそもそれが気に喰わなかったらしく、最後に苦い接吻をさせられた。あの味はなかなか悪くはなかった、という嘘を吐きながら、今度は七つも下の麻里子という女と付き合った(名前が似ているのは偶然である―――だがこのせいでMariという響きを持った名前の女子は、自分にとって煙を撒き散らす妖怪の類となった)のだが、毛布の上で吸うのを赦していたら、自分の身体に悪かったのだろうが、恐らくそれが祟って関係は八日と持たなかった。一週間で男と女が生涯かかってするような事を全部して、僕は現世での二番目の妻と別れた。ちなみに、一番目の妻は真里ではないが、どんな恋人だったにしろ、真里は自分にとって最初の女で、麻里子は現在のところ最後の女だ。―――私は幸せになんかなりたくない。そう麻里子に吐き捨てられ逃げられてから、僕は、愛する恋人と接吻した後には必ず自殺を迫られるようになるのだとTORAUMAのようにその矛盾を受け入れたものである。「タバコの煙で殺人が出来ます。」つまりは、首をもがれた悲しい男が、道端に落ちている事を思い描いてほしい。誰も見向きもしないだろうが、それでも僕は彼女を待ち焦がれている。そう、道端の吸殻のような僕を拾い上げる、優しい少女の事を。彼女をたぶらかし「ぜひ僕を吸ってみないか。」と賑々しく戯けながら提案するのだ。すると少女は『え、』とためらいながらも笑い、僕を口に含むだろう。そうすれば、僕は煙となって彼女の体に入り込み、幼い胸を犯して殺人をしてやるのだ。

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