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【育休】仕事復帰を早めたわけ

仕事がしんどい妊娠後期 
あと少し…あと少し…と指折り数えてようやく突入した1人目の産育休。

よし、子どもとゆっくり過ごすぞ〜!と当初は4月復帰の1歳8ヶ月で復帰の予定でした。→結果、復帰を前倒しして年度途中の1歳2ヶ月で復帰しました。
まるまる育休取ったる〜!と思っていたのが、なぜ復帰を早めることになったのか…
新生児期から仕事復帰まで、思いの変遷を振り返っていこうと思います。

新生児期

ただただ可愛い時期。このころはずっと一緒にいたいと思っていました。よく寝る子だったので、もっと構いたくて物足りなかった。寝ている間はとにかくやることがない。母性本能持て余し気味。

生後2ヶ月

いろんな刺激を与えてあげたいと、とにかく支援センター通い。少しずつ反応を返してくれるようになった娘に、どんなことをしてあげたら良いのか思い巡らす日々。絵本読み聞かせ、語りかけなど色々やってみる。まだまだ活発にコミュニケーションが取れるわけではない我が子。この頃からママ友との交流に楽しみを感じ始めるように(今思えば子どもとの過ごし方迷子になっていたのかも)。

生後5ヶ月

離乳食が始まり、少し母のやることが増えてきた。よく笑ったり、いろんなものに興味を示し始める娘。午前午後で色々な地域の支援センターに通って色んな人やものに触れさせたり、ベビーヨガに通ったり…、子どもとストイックに向き合おうとしていた時期(と今振り返って思う)。ママ友との交流で気持ちを解く。

生後7ヶ月

子どもの反応がかなり増え、だいぶコミュニケーションが取れるように。娘と一緒に色んな経験をして、それに対する娘の反応を楽しみたい好奇心が。ママ友との交流メインからシフトし、大人の習い事(編み物やヨガ)に娘と通い、地域のおじいちゃんおばあちゃんと交流させてみたり、ベビースイミングやベビーサイン教室に通って娘の反応を確かめる。もっともっと娘のいろんな面を見てみたい、あらたな表情を引き出したい欲求マックスに。

生後10ヶ月

立ち上がったり、ベビーサインで意思表示してくれたり、能動的な力をビシバシ娘から感じ始める。可能性の塊のような我が子。このまま親だけで娘を独占していていいのだろうかと疑問を持ち始める。また、このころディズニー英語システムに出会い、新たな可能性を与えてあげたいと考え始める。知育について調べ漁る日々。2歳差で二人目を考えていたことから、卒乳&妊活も視野に入り始める。生理もやっと復活。産婦人科で、妊活したいならまずは卒乳してと言われる。
※妊活は卒乳必須ではないという知見もあります。

1歳

少しずつ歩きだしたり発語も開始。目を輝かせて色々なこと・周りの人に興味を示す好奇心いっぱいの時期。もはや伸びしろしかなく、まさに可能性の塊。親や限られたママ友・お友達の中だけの狭い交流だけでなく、保育園生活に入れてもっともっと社会全体で娘を育んでいきたいという思いが急上昇。また、卒乳させたい思いが加速するものの、「パイ、パイ~」といつまでも求めてくる娘に少し焦り始める(離乳食をどんどん食べるようになってほしいのと、妊活を本格的にしたかった)。そして同時に、社会にとって自分の生産性についても疑問を感じ始める。職場復帰は正直気が重かったものの、こんなもやもやした気持ちで育休過ごしてても精神衛生上よくない!とダメ元で年度途中の保育園申請。受かっても受からなくても運命を委ねようと思っていたところ…
→申請が通り、1歳2ヶ月から保育園スタート
となりました。

今振り返ってみて理由に順位を付けるとしたら、
1 娘(可能性の塊)を親だけの狭い世界で独占してはもったいないと思った
2 卒乳のため昼間だけでも母子分離したかった
3 一人で離乳食を順調に進められず、保育園に手伝ってほしかった 
4 社会にとっての自分自身の生産性に疑問

総じて、親の力量不足だったのかなと(汗)
順位付けしてみましたが、どれも僅差で、今思えば、そんなに気にしなくてもよかったなぁと思う点も多々ありますが、その時は、それらの思いが複合的に絡み合って早期復帰以外考えられなかったんですよね。

以上が、職場復帰を早めたワケです。

次回は、復帰してみてどうだったか。を書いてみたいですが、一人目育休中にやっておいたほうがよかったことでも書いてみようかな🙌
いきあたりばったりでどうなるかは分かりませんが。


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