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ムカデと亀

 土曜日、普段より大幅に寝坊して起きる八時。いつもみたいに油断してすっぴんダル着で外に出るとわんさか人が居た。さすが観光地というべきか、朝でも外国人や写真を撮る人がウソウソとそのへんを歩いている。

 平日朝五時とは訳が違うに決まっているのにテキトーに家を出てきたことを後悔しつつ、だからといって帰ってメイクをする気にもなれず突き進む。どうせ行き先はチョコザップなのだ。別におしゃれをしたところですぐに汗みずくになる。

 一通り筋トレと有酸素運動をして、やっぱり汗ダラダラになりながらチョコザップから出てくる。

 車の多い道からさっとノーメイク顔を背けて、路上駐車を避けてひょいと曲がる。


 そしたら、ムカデがいた。地面に、潰れた、びっくりするぐらい大きいムカデがいた。緑がかったムカデが、車にひかれてカラリと干からびていた。
 運動してもまだ起きない頭が情報を処理しきれずまじまじと見てしまう。やっと何なのかわかって、ウエッと思って、それからほっとした。ほっとした自分の感情の上澄みを拾ってしまって、自分が嫌になった。

 たぶん、死んでてよかったと思った。

 そりゃ生きててこっちに向かってきて咬まれでもしたら大事だけど、もう死んでるものをみて、死んでて良かったと思ったことに愕然とした。しっかりおもった訳ではないけど、ふわっと、そう感じた自分の感情の機微の上澄みを拾ってしまった。

 でもそのまま進む。

 都会の駅地下にいる化石みたいに平べったいムカデを尻目に、足は一歩も止まらない。
 川を渡りながら自分の気持ちをずっと分析する。
 鼻先の吐き気を朝日に溶かしながら歩く。
 しっかりメイクをした観光客を避け、すっぴんの顔をそらす。そこかしこに観光客だ。
 写真を撮ろうとする外国人に気を取られ、ふわりと思考が浮いた。

 一瞬ムカデを忘れる。

 

 そして曲がり角。
 今度は亀がいた。手のひらほどの亀が電信柱の下で死んでいた。どこから来たのか。
 なんだかヌメッとしてて、でも微動だにせず、息をしているようには見えなかった。たぶん、死んでいた。
 かわいそうと思った。水の中でいきているものらしさを全面に出して死んでいて、全然触りたくない。でも閉じている目がつぶらなような気がして、哀れみを覚えた。
 こちらもまじまじと見るも、足は止めない。そのままマンションに到着する。

 こうも朝から死に出会うだろうか。そして私に益も不益も双方与えていないのに、抱く感情が違うのか。汗拭きシートでゴリゴリと体を拭う。

  嫌な自分、それからそれを作った世の中。
 ちゃっかり責任を半分くらい全人口に転嫁する。

 はるか遠い昔の災害を悼むぐらい、純粋な悼みを咄嗟に出せる立派な人間でありたかった。
 

 すずめは害鳥で益鳥らしい。人間の畑の実りを食べ荒らせば害鳥で、虫を食べ畑を守れば益鳥だそうだ。何かで見て、人間の勝手さをニヒルに笑ったことがある。高校生だっただろうか。
 それから大学の時、元カレと居酒屋に行って、すずめの串焼きを食べたことがある。姿焼きのそれにビビるも、狩猟部だった彼氏に「そういうのビビらない女」と思って欲しくて食べた。
 未だに頭蓋を噛み砕いた感触を忘れない。でも美味しかった。
 この話を友人にすると「じゃあ雀見たらおいしそうって思うの?」と聞かれた。すごく嫌な気持ちになった。怒りに近い。
 きっとその友人は水族館は向いていないタイプなのだろう。

 いまでもその辺にいるすずめはかわいい。
 余計な記憶には蓋をして日常を過ごすのがポイントだ。

 賑やかな声を聞きながら、冷蔵庫を開け、フライパンを準備する。
 観光客たちが味わう非日常のなかにポツンと私の日常の家がある。 
 昨日から浸しておいたフレンチトーストを焼く。
 バターをひとかけら。冷蔵庫を閉じて、さっき見た記憶も扉を閉じる。

 今までで一番の出来、フレンチトーストはとても美味しかった。
 

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