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タンジェの街角で。






 マドリードのリサイクルショップで出会った、古いがカッコいい自転車。この修理が必要な99ユーロの自転車を旅の相棒に決めた。こいつを漕ぎまくって、暑い暑い夏のアンダルシアを縦断し、スペインの南端からジブラルタル海峡を船で越えた。ヨーロッパから海を挟みアフリカ大陸へ。スペインでも色々あったのだが、それはまた別の機会に。

 国境の街というのは、人の往来が多く、活気がある反面、どこか危険な香りが漂っていて物騒な雰囲気がある。タンジェいうこのモロッコの港町も例外ではなかった。

 ヨーロッパから来た旅行者を獲物とする怪しげな男たちがジロジロとこちらを見てくる。ような気がした。荷物を積んだ自転車を必死に漕いでいるアホそうなアジア人のおれは、まさに彼らの恰好の的で、そこかしこからアラビア語やらフランス語やらスペイン語の、怒鳴り声にも似た大声で客引きに呼び止められる。

 朝のそんな鬱陶しい怒声をなんとか頭の中でBGMに変換し、口を開けたまま彼らの脇を素通りし、アフリカ縦断の旅が始まったということに思いを馳せる。ジリジリとした強い日差し、カラカラに乾いた空気。あぁ、これだこれ。帰ってきたんだ、アフリカに。4年ぶりのアフリカ大陸であった。


 とりあえず数日分の食糧・物資を揃えるため安宿を探してこの街に一泊。と思ったが、なかなか宿が見つからない。お店も色々閉まっているようである。途中で話した客引きが今日はイスラームのフェスティバルだからどこもやってないぞ、おれが開いているところに案内してやる!と、ミエミエでスケスケな嘘をかましてきたのをハハハと笑顔でスルーしたのだが、なんだかそれが信憑性を増してきた。


 暑さと宿探しに疲れて、町外れにあった半分屋外の食堂でブンブンと無軌道に宙を飛ぶ蠅たちにぶつかられながら、魚のタジンとホブスを数年ぶりに頬張り、今日この先のことを考える。

 昨日は深夜にスペインを出航し、今朝早くモロッコに着いたため、あまり眠れておらず、これからに備えるため体を休めようと、今日はこの街で一泊する気であったが、このまま南へ走り出してもいいかと思えてきた。計画などあってないようなものである。

 地図を見ながら最短ルートを指でたどる。補給できそうな町、村をなんとなくマークして距離を見、大まかにペース配分と1日の行程を決める。これから数ヶ月はこれが毎日のルーティンになる。

 あー次の町まで長いなー、ここで多めに水を補給しておこうとか、食い物はここらへんでゲットできそうだから余分に持つ必要はないなとか。そんな感じ。半年以上の長期旅となると、できるだけ自分にも自転車にも負担はかけたくないので、野営具と自転車修理の為のパーツ以外は必要最低限の食糧だけ積むようにしていた。

 この先には2000kmのサハラ砂漠が横たわり、さらにそこから南へ下れば下るほどアフリカの濃さが増していき、物資は限られてくる。とはいえ入念に準備して臨むという性格でもないので、なんとなく、これから始まるんだ、というほんのりとした高揚感とともに、おもむろにペダルを漕ぎ始めた。



 特別おもしろい話ではないのだけれど、西アフリカ自転車紀行のプロローグとして。

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