見出し画像

身体の中の白いもの(歯と骨と何か)

 たわんだ唇をこじ開けた先にある歯という砦、互いにベクトルをぶつけあってギリギリと、痛いほどに食いしばる。この先の人体は別の時空です。わたしの、時空。わたしのすべて、わたしのおもちゃ。わたしのたましい。
 脱いだ服を折りたたまないのは、それがわたしの抜け殻だから。瓶に詰めた蝉の抜け殻はあの夏に置いてきた。宝物がとつぜんグロテスクに歪んだ夏、子供と大人の境い目の夏。すべては夏に始まり終わるのかもしれない。きっと宇宙も夏に始まった。スコールの中、劇的に幕があがってしまうのだ。革命もなんとかの乱もデモも戦争も侵攻も夏に始まってまだ永遠に続いている。わたしたちが愚かでいる限り。夏を終えたいなら入隊志願を取り下げて。まだ若い、君の正義を歯で噛んで胃で考えて。まだ境い目以前のまっしろな夏。
 川のほとりで死体を砕き続ける火葬師は、だれよりも骨の硬さと白さとを知り、夏を知り、寿命については何も知らない。近くて遠い死の火影。ひらりと実態をつかみ損ねるその身のこなし。生命が細かく潰れる音と誰かを想う鳴き声と心臓の音をリミックス。絶対無敵のミリオンセラー。死者の声を聞きたい人だらけ。お告げが欲しい人だらけ。
 歯が溶けて食いしばることを止めた君がもう一度だけと言って踊った。
捨ててきて、犯してきて、罪だらけの身体、白く輝く。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?