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小説詩集「ほうふく」

海岸を見下ろすベンチから立ち上がって、砂浜へおりた。

波をずっとみてる人がいたから、となりに並んですわって、どうも、とか言ってみる。

「あなた、どこかでみたような、」

ってわざとらしいこと言うと、

「僕は、フランケンシュタインだよ」

とか彼がいうので、驚いた。たしかに、表情はツルルンとしているけれど、光の加減でその継ぎはぎが透けて見えなくもなかった。

「波を見てるの?」

「波と話してた」

彼が率直に言うものだから、私は面食らった。

「あのね、今日はこの陽気だよ、海に飛び込んでみない、」

とか言った私の言葉が、ちょうどなだれ込んできた波の音にかき消された。

「昔のことを思い出して、波に話してたんだよ」

彼がいう。

「やっぱ、苦しい記憶ですか?」

「そうだね」

彼が初めてこちらに向き直った。

苦しみの一つ一つが顔にビス留めされてるんだ、って分かって私は戸惑った。悩みなんかなさそうな人だったから。

「私の育った星ではね、」

え、君って地球外生物?みたいに彼は目をまるくしたけど、私は続けた。

「私の育った星ではね、人はもっと分かりやすかったの、」

悲しみが増すとね、私たちの体はオレンジ色に染まったから。疲れを図る体温計みたいなのもあったし。青い顔をした喜び全開の人を見るとこちらもうれしくなって、伝染して自分まで青紫色に染まってしまう、なんてこともしょっちゅうだった。

「なのに、」

「なのに?」

「この地球という惑星の環境のなかでは、私の色は鮮明に現れないの、」

悲しくっても、オレンジ色にならないし、自分の疲れにも気づきづらい。

彼は、こまったね、みたいに頷いた。

「なので、」

「なので?」

なので、私は地球人たちにどんどんエネルギーをすいとられた。そうして悲しみのヒダだけが内側にワヤワヤと折り畳まれ続けたの。

「吐き出せばよかったのに」

って彼は簡単にいったけど、私の星の人たちは吐き出すなんて能力がない。

「で、」

「で?」

で、奪われ続けた恨みを晴らすために1人残らず地球人を海に突き落とそうと思ったの。

「それなら、」

「それなら?」

「それなら、こうして波をじっとみてるといいよ、」

寄せては返す波がね、君の話を聞いてくれるよ。

「ち、地球人ってえらいな」

「偉くないよ」

彼が笑う。

でも少なくともこの地球人はえらいわけで、とか思って私はフランケンシュタインの頬の、そのつぎはぎを愛おしく眺めるのだった。

おわり

❄️春が桜をさしおいて初夏を運んできた、みたいな陽気に目眩を覚えます、みたな倒錯です。宇宙人は地球から脱出できるのか、それとも囚われたまま居場所を見つけ出すのか、的切羽詰まった春の嵐です。何が?また書きます。ろば


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