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短篇「君を見つけてしまった」6/8

 ⁑ 6 ⁑
「この町にはね、元は電柱だった栗の木があるの」
「元栗の木だった電柱じゃなくて?」
「ええ、元電柱。電柱が木製だったころの話よ」
 昨日彼女が教えてくれた町の伝説の一つだ。二人で探しに行ってみると、実際大きな栗の木があって古い屋敷を取り囲んだ塀に寄り添うように立っていた。栗の木には外灯がくくり付けられていて、バス停のベンチを照らし出していた。だからそれは確かに電柱の化身のようにも見えた。
「もう電線はないけれど、ここにいると電線の唸る声が聞こえてくるの」
 彼女はベンチに座って目を閉じた。
「空気の中に音の粒子があるの。それが今集まってる」と言って耳をそばだてている。
 僕にもかすかに唸る声が確かに聞こえたような気がしたけれど、あるいは彼女の想像力が作り出した僕らの幻聴だったかもしれない。
 はじめは痛々しいほど突飛とっぴな話に僕は彼女の虚言癖を疑った。
 おじいさんが大富豪、おばあさんが華族の末裔、なんていう出来すぎた話はにわかには信じられない。しかもそれは、彼女の口からあふれ出てきて刻々と変化してゆく。
 おじいさんの出自が町の有力者の家柄だったという日もあれば、病のような貧困に育ったという涙なくしては聞けない苦労話が披露されることもある。
 おばあさんだって、資産家の娘だったから結婚するまでは一度も家を出たことがなかった、と聞かされることもあったし、子供の頃から活発で、親の言うことなんか聞く子じゃなかったということもある。そしてその話はどんどんふくらんで、偉大な理想化に育ったおばあさんが僕らの通う大学の創設に深くかかわった人物なんだ、という説が浮上することにもなる。だから私ね、あの大学のためなら何でもするんだ、って彼女はつぶやく。
 極めつけは彼女の出生についてだった。
 私ね、両親の世界一周旅行の途上で生まれ落ちたの。船旅よ。それで無人島に寄港するとそのまま孤島にとどまって定住してしまったのよ。
 3歳になるまでロビンソン・クルーソーのような自給自足の生活を送ったのだという。そんな奇想天外な出来事の集積がつまり彼女なのだ。少なくとも彼女の脳内ではそうなのだ、というべきかもしれない。でも、それは何らかのバランスをとるための彼女なりの方法なのかもしれないわけで、僕はそれをいたずらに指摘したり、正したりする気にはなれなかった。

つづく
⁂さわがしい木枯らしを黙らせるように雪がやって来て、風がそれを吹き飛ばそうとする。熱々の飲み物が欲しくはなりませんか?と声がします。7章に続きます☕

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