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短篇「君を見つけてしまった」8-2/8ああ、やっと完結編

 ⁑ 8-2/8 ⁑
 僕は町中の雑貨店をまわった。
 彼女に贈る最初のクリスマスプレゼントはオルゴールしかないとひらめいていたから。小さな、どこへでも持ち運べる音楽の入れ物だ。
 ウインドーから覗いた小さな店の小さなウインドーにコンパクトみたいなのを見つけて入ってみた。やはりオルゴールだった。
 青地に赤の模様がはいっていて彼女にぴったりだ。問題は同じものが二つあって、それぞれの曲が違うこと。どちらもチャイコフスキーのくるみ割り人形で、行進曲と金平糖の精の踊りだった。店の人に聞くと、花のワルツもあったけどそれは売れてしまったというのだった。花のワルツがあったら簡単だったような気もする。彼女がふざけて踊り出すのにちょうどいい曲だったから。
 店を出て、僕は検索した音源から二曲を聞き比べながら歩いた。
 彼女が今僕の隣にいないのが不思議に思えた。僕の存在の何かが欠けているような。だからこの町の景色には彼女が必要なんだとも思えた。

 クリスマスイブの朝、何かが違う、と思って窓を開けたらうっすらと雪が積もっていた。
 午後になって、僕は彼女へのオルゴールの包みを大事にバックに入れた。サークル仲間との集まりに顔を出して、その後で指定された時間に彼女のところへ行くつもりだった。
 店で友人たちと歓談していると、不意に彼女がマフラーをなびかせながら自転車で通りすぎていくのがガラス越しに見えた。僕は声をかけようと店を飛び出した。けれど声は風に飛ばされて彼女には届かない。
 コートをとって僕は彼女の名前を呼びながら追いかけはじめていた。何かかが僕を追い立てていたのだ。
 彼女の名前がときどき大学の名簿から消えてしまうのはなぜだ。両親が庭に埋葬されているって、なぜだ。とっぴな物語を紡ぎ出すのはなぜなんだと。視界の中で自転車が坂道のところで消えてゆくのが遠く小さく見えた。

 坂道を見下ろすと、自転車のタイヤの跡が雪の上にくっきりと伸びていた。僕はその細いときどき絡み合うような一本の線にすい寄せられるように歩き始めていた。不穏な何かを感じながら僕は歩き続ける。こころの不穏が不協和音に変わっていく。
 どこまで歩いても、タイヤ痕は終わらなかった。彼女の家はいったいどこなんだ。自転車痕はさらに続いている。
 いつの間にか坂道は下りから登りへと変わっていて、僕は息を切らしながらひたすら上っていく。汗が噴き出してきて、手袋をとり、コートのボタンをはずした。ゼイゼイと脳内の混乱が頂点に達したころ僕は坂道を上りきっていた。そこは見知った光景で、めまいも覚えたけれど大学の図書館の裏手に出たのは確かだった。
 彼女がいつも猛スピードで下っていたのは反動でここまで上りきるためだったのではなかったか。
 力なく図書館に入っていくと、そこはひっそりと沈黙していた。脳内に金平糖の曲が流れ始める。林を彷徨うように僕は棚から棚を巡った。森に迷うように自分を見失っていくのがわかる。彼女はいったい誰なんだ。
 床に一枚のシオリが赤いリボンを付けて落ちているのを見つけて、僕は崩れるように座り込んだ。君は、と言ってシオリを拾い上げる。胸に押し当てると、これまでのことがぐるぐると脳裏をかけめぐっていった。あの坂道が今閉ざされてゆく音がする。もう二度と彼女に会うことは出来ないんだ。

「大丈夫?」
と係員が僕の肩をゆすった。
「彼女がシオリの精だったなんて」と言ううわごと・・・・が僕の口をついて出る。
「大丈夫?」
 見上げると、怪訝そうな彼女自身が僕を見下ろしていた。
「もう一度いうけど大丈夫?」
「どうしてここに?」
「貸し出し最終日のバイトのピンチヒッターだよ。まだいたんだよね、プレゼントのセーターが編み終わってない友達が。心配しないで、パーティーの準備は大丈夫。作りながら出すから、お店風パーティーだから」
「僕はあの坂道を君を追ってきたんだよ。ここでシオリをひろって君がシオリの精だったのかと思って、絶望してたのさ」
「そう、どんな気持ちだった?」
「君のいること、と居ないことを彷徨う世界の終りのような気持ちさ。だけど、もう大丈夫僕はまた君を見つけてしまったんだから」
 僕は彼女を強く抱きしめた。
「小説家みたいなセリフね、その文才こそが私からのプレゼント」
 彼女は自信満々だったけれど、それはどこかで聞いたようなデジャブなセリフだった。

おわり
⁂ああ、ってサンタさんのソリに置いてかれて、それでも何とか汗をかきかき最後まで来ました。そんな今年のクリスマス🎄


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