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(小説)おおかみ少女・マザー編(四・十八)

(四・十八)ラヴ子とマザー(その1)
 フォエバの言う通りかも知れない。けれどラヴ子は信じたかった。火星という最後の希望を、唯一の希望の星を。人生に絶望していた義夫の瞳を生き返らせた、火星でジャーナリストになるという熱き夢を。人類(クローン人間)たちにも、人間としての心、ヒューマニズム、そして愛がある事を……。ラヴ子は最後まで信じたかった。

 一方、狼山のマザーとフォエバである。翌日は選手交替。今度はいよいよマザーが、ラヴ子に訴えようという訳である。しかし夜更けになっても、ラヴ子からのテレパシーは来なかった。それにどうも、来るような気配がしない……。マザーは直感的に、そんな気がしてならなかった。
 おかしい、どうしたのだ?
 マザーとフォエバは不安に駆られた。今夜の狼山の天気は曇りで、空一面灰色の雲に覆われていた。時より雷鳴も木霊している。不吉な予感とでも言うのか……。
 ではそのラヴ子はどうしていたかと言えば、昨日のフォエバとのやり取りですっかり懲りていたのである。マザーたちとコンタクトする事に対して、少なからず拒否反応を覚えていた。きっとまた人類(クローン人間)について、自分たち旧人類の未来について、否定され、悲観的、絶望的な事ばかり言われるに決まっている、と……。
 しかしマザーとしても、このままじっとしている訳にはいかない。そこで待ち草臥れたマザーは、とうとう自分の方からラヴ子に呼び掛ける事にした。
「ラヴ子よ、マザーだ。どうしている?まだ起きているか?」
 すると直ぐにラヴ子から返事が。
「はいはい、ラヴ子ですよ。まだ寝てませんから、マザーさん」
 多少不機嫌そうではあるが、一先ず良かった、良かった!マザーとフォエバは一安心、ほっと胸を撫で下ろした。
「良かった、ラヴ子よ。昨日はフォエバとのコンタクト、さぞ驚いたであろう」
「うんうん、もう吃驚。行き成り脅かさないでよ、マザー!」
「すまん、すまん」
 マザーは頭掻き掻き、苦笑い。
「ねえ、マザー?あなたは狼たちの中で、一体どんな暮らしをしているの?」
 昨日からの拒否反応もすっかり忘れ、ラヴ子は興味津々。そこでマザーは狼山でのオオカミ族との暮らし振りを、ラヴ子に語って聴かせた。山の四季、一日の流れ、狼たちとの触れ合い、日々の食事や生活習慣等々……。
「へえ、ベジタリアンってやつね。さーすが、マザー!」
「ベジタリアン?なんだ、それは?」
 ふふふっ。そう来ると思ったよ、期待を裏切らないマザーお姉様!ラヴ子はくすくすっと、ひとりで苦笑い。
「気にしない、気にしない。それでどんな服着てるの、マザー?服は着てるんでしょ、流石に」
「あゝまあな。生憎狼たちのようなふさふさした毛など、わたしには無いからな。あれだ、ラヴ子よ。学生の女子たちが着ている、お揃いの」
「あっ、制服の事ね?へえ、見たい見たい、マザーの制服姿!」
「いやあ。でも、拾ったものだからな……」
 流石に、照れ臭そうなマザー。片やラヴ子の方は頭の中、疑問符?だらけ。
 拾ったもの?なんで?一瞬絶句、しかし直ぐに閃いた。あゝそっか!お金なんか、無いもんね。そりゃオオカミの世界に、お金なんて必要ないし。それで拾ったもの、か。ま、盗むよりは良っか……。
 この、貨幣制度によって支配されたる物質文明の人間社会にあって、お金を必要としない生き方をしているマザーが、羨ましいと思うラヴ子であった。
 でも!でも、もしもマザーとラヴ子の立場が入れ替わっていたら?ラヴ子、今頃どうなってたんだろう?狼山の厳しい自然の中で、ラヴ子はちゃんと生き残れたのかな?マザーみたいに、逞しく!それとも……。ふとそんな事が、ラヴ子の頭をよぎった。
 さてマザーの方は、いよいよ本題に入るのであった。

「さて、ラヴ子よ。話は他でもない。おまえの考えは、フォエバから聴いた。それでもわたしは、おまえに言いたい。クローン人間たちは、おまえたちを滅ぼそうとしている!それは間違いないのだ、と」
「マザー。あなたも、やっぱり……」
 ため息を吐くラヴ子。
「勿論、根拠はあるぞ。ラヴ子よ」
「根拠?」
「あゝ。なぜなら、ラヴ子よ。わたしは火星に行って来たのだから」
「あっ、その話なら、こないだ聴いた。瞬間移動でしょ?」
「そうだ。だがまだ話の核心には、触れていなかった筈だ」
「話の核心?」
「そうだ。ラヴ子よ、良く聴いてくれ。先ず第一に火星の何処にも、基地など無かったぞ」
「えっ、うっそ?」
「嘘ではない。それに火星行きのロケットについても、その有無を確かめてみたのだが……」
「確かめたって、瞬間移動で?」
「あゝ、その通りだ。わたしがロケットをイメージして、無事ロケットの中に瞬間移動出来れば良し。だが失敗となれば……ロケットの存在も怪しい、と言う事になる。そして残念だが矢張り、ロケットも無かったのだ!」
「という事は?どういう事、マザー?」
「あゝ。火星基地もなければ、ロケットもない。という事はだな、ラヴ子よ。つまり、火星エデン計画などと言うものは、まっ赤な嘘!なのだ。そうとしか、言えまい」
「でも……。でもマザー!わたし、信じらんない。クローン人間たちが、わたしたちにそんな嘘を吐くなんて」
「だからおまえは、楽観的過ぎるのだ。ラヴ子よ!そしてやつらは、おまえたちを……」
「どうするって言うの、マザー?」
 マザーは躊躇うことなく、きっぱりと断言した。
「ジェノサイドだ、ラヴ子よ」
「まさか、そんなあ……」
「そのまさかだ、ラヴ子よ。火星エデン計画とは、オリジナルの人間に対する、ジェノサイド計画なり。なぜならおまえたちが行く筈だった火星におまえたちは行けず、仮に行ったとしても住める場所などない。かと言って今更この地球にもおまえたちの居場所は既にない。ではおまえたちは、一体何処へ行けばいいのだ?やつらはおまえたちを、一体何処へ連れて行くと言うのだ?」
「それは……」
「ラヴ子よ、人間の侵略の歴史を思い返してみよ。先住民たちは悉く、住み慣れた場所から追放されてしまったではないか!では追放する場所すらないおまえたちを、やつらがどうするつもりなのか?その答えは、もはや明白!」
「でも。でも、ちょっと待って、マザー……」
 泣きそうな顔で、ぐっと唇を噛み締めるラヴ子であった。

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