人身事故

線路に飛び降りた人影が
線路上を逃げる

駅員が追いかける、追いかける
駅員の数が増える
ひとりまたひとり

電車はもう何分も前から
各駅に止まっている
駅のホームに放送が流れる

「大変ご迷惑をおかけいたしますが
 今上野駅の線路に
 人が飛び降りたもようです」

線路に飛び降りた人影が
線路上を逃げる、逃げる
白い息を切らして
ひとりぼっちで
ひとりぼっちのこの世界の中を

逃げるのを駅員が追いかける
ひとりまたひとり
駅員の数が増える

純白の雪が
線路をぬらして降りしきる

もしかすると
その時だけでもその人は

どうして
自分が線路に飛び降りたのか
そのわけを忘れられるだろうか

その時くらい
生きてゆく苦しみも忘れるほど
けんめいに逃げているだろうか

「大変ご迷惑を
 おかけいたしております
 今駅員が追いかけているところですが
 上野・鶯谷間の
 線路の上を逃げているため
 もう少々時間がかかりそうです

 そうとう足が速いもようです
 そんなに速く走れるのなら
 飛び降りなくてもよかったろうに
 もっと生きようと思えば
 よかっただろうに」


そして次の日もまた次の日も
「人身事故」で電車は遅れ
人々は口々につぶやくだろう
「人に迷惑かけやがって」と

ひとひとりの生命が
そして
「人身事故」でかたづけられる
新聞の片隅に
かたづけられていく

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