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(小説)おおかみ少女・マザー編(四・十九)

(四・十九)ラヴ子とマザー(その2)
 狼山ではずっと雷鳴が続いていた。雨の降る気配の無い為、それは尚一層不気味であった。
 苦渋の中で、ラヴ子は答えた。
「でも、マザー。それはあくまでも、今迄の人間の歴史でしょ?つまりわたしたち、旧人類の。でもクローン人間たちは、今迄の人間とは全然違うわ。わたしたちなんかより遥かに理性的だし、冷静だし、それに賢い」
 精一杯の強がりと、苦しい言い訳。クローン人間の肩をすら持つラヴ子。
「しかしおまえたちの血を、受け継いでいるのではないか?現におまえたちに対する差別、偏見、迫害、両者間での紛争が起こっているのであろう?希望的観測だけでは、オリジナルの人間即ちおまえたちの滅亡の危機から、脱する事は出来んぞ」
「はいはい、分っかりました。ありがとうございます、マザーさん。あなたの仰る通りですわ」
 最早お手上げなのか、何とも投げやりなラヴ子。対してマザーはあくまでも真摯に。
「ラヴ子よ、そう悲観するな。まだおまえたちが滅亡すると、決まった訳ではないのだから」
「でも、マザー……」
「もしかしたら、おまえとわたしの力で、それを阻止する事が出来るかも知れんぞ」
 ゴロゴロ、ピカーッ。そしてドッカーン……。その時狼山の頂きの何処かで、落雷が起こった。余りにも大きな雷であった為、地響きが山全体を揺らす程であった。そして十億ボルトの稲光がマザーたちのいるほら穴の闇を照らし、轟音が響き渡ってほら穴の隅から隅までを震わせた。
 その時、その瞬間マザーは何かを感じ取った。その落雷に込められた、我が地球、この母なる大地からのメッセージ即ち『啓示』を。過ぎ去りし時サンシャインが、マザーたちに関する『啓示』を受けた日の如くに……。
「ラヴ子よ、今わたしは悟ったぞ。わたしたちの使命を!」
「えっ?何よ、いきなし。どうしたのよ、マザー?」
「おまえとわたしは、滅亡の危機に瀕したオリジナルの人間たちを救う為に、この地上にやって来たのだ!」
「そんな……。大丈夫、マザー?」
 今更だけどやっぱしマザーって、妄想少女だよね、絶対……。動揺するラヴ子に、しかしマザーは冷静に続けた。
「だからわたしに、おまえの力を貸して欲しい」
「えっ?本気……なのね、マザーお姉様?」
「ラヴ子よ、お願いだ。頼むから、ここ狼山へ来て、わたしと一緒にクローン人間たちと闘ってくれ」
「ええっ?クローン人間たちと闘う?しかも狼山で?」
「そうだ、ラヴ子よ。わたしひとりだけで闘おうと思えば、出来ない事もないが……」
「うん」
「生憎わたしには、人間界の知識が殆ど無い。そこでおまえの知恵を、貸して欲しいのだ」
「ええっ、でも……」
 ラヴ子は戸惑い、狼狽えるばかり。そんな事、行き成り言われても……。ラヴ子はマザーみたいに、自由気ままな立場じゃ無いんだから!
「でも、マザー。クローン人間と闘うって、どうやって闘うつもりなの?まさかラヴ子たちふたりだけで、立ち向かえるなんて思ってないでしょうね?相手は自衛隊だって警察だって、みんな手下なんだから。そこら辺、分かってる、マザー?」
 ところがマザーは我関せず!悠然と言い放つのであった。
「大丈夫だ、ラヴ子よ。我等には、マザーアースが付いている」
 おいおい、まじかよ?
「ええっ、そんな……」
 ラヴ子は絶句。
「闘いの方法は追々わたしが考えるから、ラヴ子は何も心配しなくて良いのだ」
「でも……。でも、もう少し考えさせて、マザー?」
「あゝ勿論だ!焦らずに考えてくれ。それでは、おやすみ、ラヴ子」

 オリジナルの人間たちを救わんと、使命に燃えるマザーはともかく、ラヴ子にそんな大志などまだ持てない。勿論オリジナルの人間たちを救いたい、その想いは同じ。しかしそれ以上にラヴ子は、周りの人たちとの関係を失いたくなかったのである。
 健一郎、秋江、そして義夫……。みんなのそばにいたい。愛する人たちとずっと一緒にいたい。たとえこれからラヴ子たちの前に、どんな苛酷な運命が待っていたとしても。ううん、苛酷な運命であるならばこそ、その時ラヴ子は愛する人たちと一緒にいたい。共にその辛苦を受けたい……。それがラヴ子の唯一の願いであり、また偽らざる心境であった。
 地球の化身である、などという事も、地球の使命を背負っている、なんて事も、みんなラヴ子にとっては、遠い御伽噺の世界にしか思えない。そんな事よりラヴ子には、大事にしなければならない人たちがいる。守りたい、守らなければならない、掛け替えのない大切な人たちが……。
 そしてラヴ子の心から、迷いは消え去った。

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