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(詩)かげろう

みなさんは
かげろうという虫を
知っていますか

小学校の先生が
理科の授業の途中に
ふいに話し始めた

季節は夏の前の晴れた午後の
たいくつな陽ざしの中で

昨日
ひとりのクラスメイトが
昨日

ぼくはぼんやりと
外を見ていた

かげろうのいのちは
とても短くて三日間しか
生きていられないのです

かげろうという虫は
三日間しか、そう
そう

それが
ぼくの隣の席のクラスメイトが
昨日突然いなくなって
もう戻ってこないことと
何か関係があるとでも
いいたいのだろうか

ぼくは先生と目と目があって
たいくつそうに
大きくあくびを
ひとつしてみせた

それでもかげろうは
そのあたえられた
限られた時間の中で
せいいっぱいに
生きているのではないでしょうか
もしかしたら
わたしたちなんかより
ずっと充実した一生を
おくっているかもしれません

だから
そう、だから
みなさんも自分に与えられた
許された年月を大切に
生きてほしいのです

そう言うと女の先生は
唇をかみ締めて、涙をこぼした


その時いなくなった
クラスメイトの机の上に
どこからか飛んできた
いっぴきのかげろうがとまって

かげろうはぼくの顔を見た

三日後にはいなくなる虫が
ぼくを見ていた

ぼくの永さにたとえれば
数日分にあたる
その一瞬の中で
その大切な生命いのちの瞬間の中で

けれどかげろうは
ぼくを見ていた

人はよく
もっとちがう生き方が
できたかもしれないと
口にするけれど

その時かげろうは
うれしそうに
ぼくを見ていた

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