(小説)おおかみ少女・マザー編(四・十三)
(四・十三)『エデン』空間と胸騒ぎの正体
翌日以降も、マザーとラヴ子はコンタクトを取り続けた。主に夜間であった。
「もしかしてマザーっていつも、わたしのことテレパシーで呼んでいたの?」
「あゝ、わたしの唯一の同胞だからな」
「今迄、ずっと?」
「あゝ、そうだ。しかし反応が丸で無かったから、諦め掛けていた所だった」
「そうだったんだ」
「しかしラヴ子よ、なぜ急に応答して来たのだ?何か、あったのか?」
「あゝ、そうだった……」
そしてラヴ子は思い返しながら、マザーに答えた。
「それがね、マザー。生まれて初めて或る場所に行った時、そこで急にマザーのテレパシーを感じたの!」
「ほお!その或る場所とは?」
興味を持って問うマザーに、ラヴ子は躊躇うことなく即答。
「ラヴホテル!」
あ!でもやっぱりまた細かい説明、必要だよねラヴホテルの?いちいち面倒臭あ、全くやんなっちゃう!憂うラヴ子であったが、意外にもマザーはなぜかすんなりと、ラヴホテルという言葉を受け入れたのだった。
「ほう。何と言う名のラヴホテルだ?」
えっ、まじ?マザーお姉様、ラヴホテルは御存知なのね?なんて不思議な人!じゃない、地球の化身さん。あっ、それ、わたしもだ……。
ラヴ子は苦笑いを浮かべながら答えた。
「エデン!エデンって言うラヴホ」
するとマザーはまたも、予想外の反応。なぜかラヴ子の答えに、納得の御様子なのであった。
「エデンか……。なるほど!」
「なるほどって?何ひとりで納得してんのよ、マザー?」
そこでマザーはその理由を、ラヴ子に語って聴かせた。
「あゝ、ラヴ子よ。おまえにはまだ、話していなかったな。実はわたしたち双児がまだ、生まれたての赤子だった時の事だ」
「うん」
「わたしたちは或る場所で発見された。その場所こそ、何を隠そう!神の戸にあるラヴホテル『エデン』!」
「神戸のエデン!」
そ、そうだったんだ!驚きまくるラヴ子。
「そう言う事だ、ラヴ子よ。つまりだな、ラヴホ『エデン』こそ、我等が懐かしくも、いとしき故郷なのだ」
ありゃりゃ、マザーもラヴホって言っちゃうのね!でも『エデン』が、わたしたちの故郷……。
あっそうか、分かった!だから行ったこともないラヴホに憧れたり、好きになったりしたんだ、ラヴ子。それから伊勢佐木町の『エデン』に入った時、あんなに懐かしくて、あんなに郷愁を覚えたのね、わたし!そうか、そういう事だったんだ。やっと分かった……。なーるほど、なるほど。あんがとう、マザー。
「てことはよ、マザー?」
ラヴ子は興奮気味に確かめた。
「つまり同じ『エデン』って言う名前のラヴホの空間に、何か特別な力が働いたってこと?だから突然ラヴ子が、マザーのテレパシーを感じられたってことなの?」
ラヴ子の熱気に押されつつも、マザーは冷静に頷いた。
「恐らく、そうであろう。そしてひと度テレパシーが通じれば、両者の間にはテレパシーの径路が確立する。それによって以後おまえとわたしは、何処でもテレパシー可能となるのだ」
「な、なーるほど」
「しかしラヴ子よ」
「何、マザー?」
今度はマザーが以前の自分を顧みながら、ラヴ子に語って聴かせた。
「確かにわたしは、絶えずおまえに呼び掛けていた。が、それは或る時から急に、わたしが妙な胸騒ぎを覚えるようになった事が、切っ掛けなのだ」
「妙な胸騒ぎ?」
「あゝ。それでもしかするとラヴ子よ。おまえに何か大変な事態が起こっているのではないかと、ずっと心配していたのだ」
「あっ、そうだったんだ。ありがとう、マザー。でも或る時から急にって、いつ頃から?」
問うラヴ子に、マザーは思い出しながら答えた。
「確か、狼山の桜が散って、まだ間もない頃だ」
「桜?ってことは春ね。春かあ……。あっ、ラヴ子分かった!それ、火星エデン計画が発表された後だよ、多分」
「火星エデン計画?また火星か?」
「そうよ。また火星よ、マザー」
「で、その火星何ちゃらと言うのは、一体何だ?」
「だから!前々からラヴ子が、言ってたでしょ?ラヴ子たち旧人類が、火星に移住して暮らす計画の事よ!」
「あゝ、それか」
「その話を聴いてから、ラヴ子何だか、憂鬱になっちゃって」
「憂鬱か?」
「うん。火星なんか、行きたくなーい!地球に残りたーいって……。そんな気持ちがきっと、マザーに伝わったんだよ。だってわたしたち、双児なんでしょ?」
「あゝ、成る程な。そう言う事かも知れん」
「以心伝心ってやつよ、きっと。分かる、マザー?以心伝心って」
「分かる、分かる。しかしラヴ子よ」
「何、マザー?」
「なぜ、火星がエデンなのだ?火星エデン計画とは、そういう事なのであろう?」
「うん?うーん、なぜって言われても……」
首を傾げるラヴ子に、マザーは続けた。
「火星なんて、エデンと呼ぶには程遠い……。それはそれはまことに殺風景で、寂しい星だったぞ!あの火星という星は」
「えっ、それどういうこと、マザー?寂しい星だったぞ!って。丸で行って来たみたいな口振りじゃない、火星に?ラヴ子が教えるまで知らなかった癖に、火星なんて。ねえ、マザー」
多少皮肉混じりのラヴ子に、しかしマザーは真面目に答えた。
「あゝ、確かにそうだが。試しに行ってみたのだ」
「行ってみたって、何処に?まさか火星じゃないでしょうね?」
「勿論、その火星にだ!」
火星にだ!って?まじで……。
当然のように答えるマザーに、ラヴ子は唖然とするしかなかった。試しに、しかも火星に行ってみたって!あんた、それ、隣りの町に行くんじゃないんだから……。あれっ、でも!
「もしかして、マザー!瞬間移動ってやつ?」
ラヴ子は透かさず、マザーに問うた。
「あゝ、その通りだ」
平然と答えるマザー。
「凄ーいっ!まじで?じゃ冗談でなくまじで、火星に行って来たって事、マザー?」
「まあな。しかし、そんなに驚く事でもなかろう」
「いえいえ、そんなに驚く事で御座いますよ、マザー様……」
「つまり、おまえがわたしに教えてくれた、火星に関する情報がそれだけ正確だったと言う事だ」
「あらま!褒めて頂いて光栄ですわ、マザーお姉様。でも、あれっ?もしかして……それ、わたしにも出来るってこと?瞬間移動?ねえ、マザー。双児だもんね、わたしたち」
「あゝ勿論だ、ラヴ子よ。おまえだって、やろうと思えば出来る」
「まじ?やったーーっ!」
「ただし流石のおまえでも、行き成りは無理だ」
「なんで?あらら、残念!」
「なあに、ちょっと修行すれば良いのだ。ただし厳しいぞ、修行は!」
「えっ?じゃ、止ーめた」
ハッハッハッハッハ……。
ラヴ子のリアクションに呆れたり、苦笑いするマザーの様子が、テレパシー越しに伝わって来るようであった。ま、それはお互い様なのだが……。