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(小説)おおかみ少女・マザー編(四・二十一)

(四・二十一)いざICAへ
「マザーよ、本当にひとりで大丈夫なのか?」
 問うたのは、フォエバである。場所は狼山、時刻は昼下がりであった。
「あゝ。まあ取り敢えず、偵察がてら行って来る。何しろ時間は、あと十日しか無いのだからな」
 そう言ったが早いか、マザーはフォエバの前からぱっと姿を消した。と同時にニューヨークはマンハッタンに在る、ICA本部の中にその姿を現した。場所は三十九階建ての事務局ビル、その最上階の廊下であった。
 しかし辺りはまっ暗。それもその筈、日本との時差はマイナス約十四時間。こちらはまだ真夜中である。当然人影も無く、廊下沿いに並らんだ幾つもの部屋のドアは、堅く閉ざされていた。だがマザーはさっさと狼山に退散しようなどとは、微塵も思わなかった。諦めることなく、その場にとどまったのである。それに時差など、マザーが知る筈もない。
 闇に慣れた目で周囲を見回し、そしてマザーは目を瞑った。脳裏に薄っすらと、風景が浮かんで来る。それは目の前のドアの向こうの、部屋の中の様子であった。見真の術を使って、ひとつずつ部屋の中を調べていこうと言う訳である。
 ところがそんなマザーの存在を、セキュリティーのセンサーが検知した。と同時に廊下の照明が一斉に点灯したのである。これには流石のマザーも驚き、眩しい光に一瞬眩暈を覚えた。ブザーもけたたましく鳴動している。が矢張りそれでもマザーは、慌てなかった。直ぐに体勢を整え直すやむしろどっしりと構え、相手を待つ余裕すら漂わせたのである。

 間もなくして複数のガードマンたちが、マザーの前に現れた。
 不審人物!真夜中の侵入者とは、一体どんなやつだ?緊張しつつ駆け付けた男たちの目の前にいたのは、しかしセーラー服を着たアジア系の少女。しかもたったひとり……。意表を突かれた彼らは、しばし呆然としてマザーを見つめるのみであった。
 一方マザーはと言えば矢張り些かも動ずる事なく、落ち着いて目の前の男たちを見返した。冷静になったガードマンの中の一人が、マザーに問うた。勿論英語である。
「誰だ、きみは?」
 するとその時、不思議な現象が起こった。男の発した音声、その言葉がマザーの耳に入るや、瞬時にしてマザーに理解出来る言葉に翻訳され、マザーの意識へと伝達されたのである。
 そしてマザーは即座に返答した。勿論テレパシーではなく、声で……。
 するとまたしても不思議な現象が起こった。矢張り一瞬の出来事である。マザーが発しようとした言葉が、今度はマザーの意識から唇へと到達するその間際にまたも翻訳され、その結果マザーは英語で喋ったのである。
「わたしは、マザーだ」
 しかしたとえ英語であろうと、そう答えられた所でガードマンたちには意味不明。マザーだと?彼らには何のことだか珍紛漢紛……。この娘、頭大丈夫か?大方そう心配されるのが落ちである。
「きみはこんな所で、一体何をしているのだ?こんな深夜に、どうしてこんな所にいるんだい?」
 更に別の男も問うた。
「そもそもなぜ、ここにいる?おまえ、どうやって中に侵入したんだ?」
 不思議に思うのも当然である。ビルの中は厳重なセキュリティーでガードされており、関係者以外の館内への立入りはまず不可能。なのにこの娘、今平然として、ここにいるではないか?しかもあんなセーラー服姿で……。
 しかしマザーはそんな男たちなど、最初からアウトオヴ眼中。大胆にもこう言い放ったのである。
「ボスに用がある。会わせてくれ」
 はあ、何だと?生意気な小娘め!かっかしながら、ガードマンの一人が答えた。
「何時だと思ってる?ボスならもう寝てるよ」
「そのようだな、失礼した。ではまた出直して来る。わたしが来た事だけ、伝えておいてくれ」
 おいおい、だから生意気だってえの、この尼!からかい半分、男の一人が尋ねた。
「分かった、分かった。では伝えておくから、名を名乗れ!おまえは誰だ?何者だ?」
「だから言ったであろう、わたしはマザーだ。マザーアースのマザーだ。良いか、頼んだぞ」
 そう言うが早いかマザーは、男たちの目の前からさっと姿を消した。その場から忽然と、跡形も無く消え去ったのである。
 残されたガードマンたちは呆気に取られ、その場に立ち尽くした。今一体、何が起こったのだ?あの小娘は、何処に消えやがった!男たちは皆、今目の前で消えたマザーにただおろおろと狼狽え、戸惑うばかりであった。
「おい!何処行った、あいつ?」
「いや……、確かに消えやがったんだよ、完全に!」

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