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(詩)柿の木だった頃

いつも山が見えた
田んぼが見えた
畑が見えた
小さな家が見えた

男の子がいて
女の子がいた
いつも
風が吹いていた

いつか
男の子も女の子も
大人になって
村を出ていったり
結婚したり

そしてまた
別の男の子がやってきて
別の女の子がやってきた
人も
ぼくから見れば
風と同じなのさ
人も、ただの風


ぼくが柿の木だった頃

少女の手に
柿の実を落としたら
少女は
柿の実にキスをした

柿の木のくせに
ぼくはドキドキした

すぐに年老いてゆく一生も
たまには悪くないな、と
思った
今度生まれてくる時は
少年になりたいとも、
思ったりしたさ

そして少女が
村の駅のプラットホームから
都会に出てゆくのを
いつまでも、いつまでも
見送っていた


ぼくがまだ
そんな柿の木だった頃

きみの本当の名前は
何ですか

本当のぼくは
何処にいますか

風だけが
答えを知っていますか

少女のキスの跡の付いた
あの柿の実を
あの日無邪気に
頬張った少年は
一体誰ですか

その時少女のほっぺたが
紅くなったことも
知らないで
そのわけも、気付かないで


ぼくがまだ
柿の木だった頃
いつも
風が吹いていた

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