見出し画像

卒業間近の僕と定食屋の煙草の香り(今年3月上旬のこと)

ある晴れた日の14時20分頃。僕はいかにも年季の入っている外観の小さな定食屋にふらっと立ち寄った。

-それまでは大学にいた。卒論作業を進めるために、図書館に向かった。普段図書館なんて滅多に行かないが、いつも通う研究室には色んな人が話していて集中しにくい上に、「先輩あのーこれどう使うんですか…」と顔が広い僕に尋ねてくる後輩もそこそこいるため、今日だけは誰にも邪魔されない図書館が適していると思った。よし、パソコンを開いて卒論の作業…と思いきや、その前にスマホのアプリゲームでルーティンワークを行う。相変わらずガチャの引きは最高に悪かった。
ゲームに区切りをつけたあと、書きかけの卒論制作に着手したが、どうもキーボードが進まない。以前書いたものを再度見返してみると、文脈が大分おかしい。例えば大きなA,その中にA1,A2,A3のカテゴリーがあって、次に大きなB、次にB1,B2…と書いたはずが、少し無理にまとめ過ぎたからか「B3やったらA方面に戻れ」と音楽記号でいうリピートのような内容になっていた。この修正が難しかった。加えて、グラフや表も沢山つけなくてはならない。けれど卒論自体、詰めるほど終わりの見えない作業なので、院進もしない身はある程度手を抜いて続行した。

それも幾らか固めたあと、大学構内の一角にあるビニールハウスへと足を運んだ。そこは僕の実験で用いる自然薯を育てるのに大変お世話になった場所だ。この日は5月並みの陽気だったせいで、中は猛暑だった。この暑さも相まって、昨年の8月終わり~9月上旬を鮮明に思い出させてくれた。40サンプルもの植物体をせっせと6~8人もの人手を借りて細かく分解したあの時はキツかった…としみじみしていると、ビニールハウス内の机の上にポットが3つ置いてあった。そしてポッドに敷かれた紙には「3月〇日~〇日まで使います By△△」と先輩の字で書いてある。後輩への引き継ぎ、全部任せっきりにしてすみません。

ビニールハウスを出る。このまま研究室に行こうか悩んだが、私の性格的に研究室行くと、同級生や後輩たちとくだらない雑談でワイワイ話してしまい、結局作業が進まないことを過去何度も繰り返しているため、それならいっそどこかで有意義な時間を過ごしたいと思った。それに、コロナのせいでこの辺りに何があるかよく知らないままもうすぐ卒業を迎えている。この際1人自分のペースでゆったりとする場所かつ、軽く昼食を取れる場所を探すことにしよう。そこで見つけたのが、古びた外観の定食屋だった-

ガラガラと横戸を開いて、中に入る。厨房にはお年をかなり召されたおじいさん、隣にいるのは恐らく奥様だろう。しかも店内の奥に1人タバコの煙を吐く20代の女性客がいる。その客の見た目はちょっとガラ悪そう。ちょっとヒヤヒヤしつつ、カウンター席に座る。

座って左上を向くと、Panasonicのテレビ。番組はミヤネ屋だ。昨日行われたWBC日本対中国戦を中畑清氏が張り切って解説している。テレビ下にメニューが書かれた黒札があり、それを見て決める。マスク越しで店主に「とんかつ定食ください」と言うと、「はい?」「とんかつ定食」「……ん?(耳近付ける)」「とんかつ定食ひとつ!」「はいよ」3回目でやっと分かってくれた。大きな声で言ったつもりだが。

店内をよく見ると、針の動かないサントリーリザーブの時計に、透明な箱に入った雛人形、謎の亀の甲羅、奥の方にはなぜかセロテープをかぶったナショナル坊やなど置いてある。カウンターは7席あるが、3席は机。ただ僕的に1番気になるのは、客の奥のテーブル席に座っている20代の女性。なんとなく大学生には見えない。僕から見て右の鼻にだけ、小さいピアス。両耳に真珠(本物ではないのかも)の小さいイヤリング。左腕に黒いタトゥー。全身でこんなに主張してる人、うちの大学生ではないと信じたい。

ガラ悪そうなお姉さんに先料理が届いた。トンカツなのかチキンカツなのかよく分からないけど、おもむろにスマホを取りだして………なんと料理の写真を撮った!?映え要素1ミリもないのに!!何だこの人、惚れてまうやろーーーーー(๑° ꒳ °๑)加えて、彼女はビールも注文した。真昼間から豪快。

うだうだと心中呟いてると、僕にもとんかつ定食が渡される。小さな声でいただきますと言ったあと、トンカツを頬張ると……なんか年季の入ったフライヤーの味が少しする(わかる人にはこの表現が伝わるはず)。すぐ厨房にあるフライヤーに視線を移すと、やはりその通りだった。でも食べるしか…ないか。あとでお腹壊さないことを願って食べ進む。味噌汁が1番心を落ち着かせてくれる味わいだった。

私が食べてる最中、途中女性はトイレに行った。小さな黒いポシェットが丸椅子に置いてあり、ピンクのライターとタバコは机の上に鎮座している。ピンク色も好きなのかなと思っていると彼女は戻ってきて、しっかり一服したあと「ご馳走様でした」と言って1750円を払った。その時こちらが凝視していたのを感じたのか、一瞬チラッと見てきた。すぐさま目線を外して回避してみたが、バレたかもしれない。お会計終わると、「後ろすみません」と言って背中を通り、外に置いてあった自転車に乗って去った。
あの人と少し話してみたかったな。

お会計払った後に思い切って聞いてみた。「創業何年ですか?」奥様はさらっとこう言う。「45年くらい」
そして帰り道、ナショナル坊やがある理由がわかった。歩いて直ぐに、パナソニックがあった。

20年以上積み上げてきたユーモアと視点を皆様に提供するべく、活動しております。皆様のご協力でもっともっと精進致しますので、是非支援の方もよろしくお願いいたします!