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「コラムの手前のざっとした文」或いは「小説未満」

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「私」を題材とした創作です。
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2021年2月の記事一覧

秘密について

秘密について

庭先で、メジロは言った。

「恨みがましいのは疲弊する。気持ちの良い風が吹いたことを知らず、梅が咲いた時に立ち会えない。その事に気づかないけど、ある日、なんだか変だと思う。空腹でもないのに寂しくなる。理由はわからない。気のせいだろうと考えを打ち消し、復讐の続きをする。そしていつか死んでしまう。生きていたことも知らないまま。」

春になる前に、庭を片付けようと出たところだった。地面に転がったスコップ

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待つ

待つ

子供の頃は上の空だった。
考え事をしていたわけではない。子供の自分が退屈だった。大人に比べて知恵も腕力も足りない、子供なのに子供扱いされるのが恥ずかしく、早く時が過ぎれば良いと思っていた。それは、長い時間だった。今思えばあの時私は待っていたのだと思う。でもその事に気付いていなかった。それについて誰かと話し合うこともできず、一人無自覚に、大人になるのを待っていた。待ちながら、食事をし、授業を受け、友

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だれも居ない

だれも居ない

亡くなった祖母の硯はつるりとした木箱に入っており僅かに黄味がかっている。八寸弱あるそれは、私が使う墨の量に対して少し大きい。私はいつも、その大きな丘を持て余しながら二種類の墨をどこかぎこちなくおろしていく。部屋中の張り詰めた空気にほんのり墨の香りが漂う。少しずつ緊張が高まっていくのがわかる。緊張ではなく集中、余分な力が抜きたくて、時々墨を縁にかけ置き、自由になった両手と肩を上下に動かす。深呼吸をし

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憧れのあれ

憧れのあれ

あれ、と言うと耳かきを渡したり、それ、というとリモコンを差し出したり、そんな関係性に憧れたことがある。異性でも同性でも良いし、どちらの立場でも良い。とにかく、そこ迄コミュニケーションを積み重ねることの出来た関係と言うものが羨ましかったのである。ある時、年月が経つ迄に待ちきれず、ごっこをしようということになった。例えばおでこを触るとこういう意味、腕を組むとこういう意味、と言う、稚拙な遊びである。二人

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