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憧れのあれ

あれ、と言うと耳かきを渡したり、それ、というとリモコンを差し出したり、そんな関係性に憧れたことがある。異性でも同性でも良いし、どちらの立場でも良い。とにかく、そこ迄コミュニケーションを積み重ねることの出来た関係と言うものが羨ましかったのである。ある時、年月が経つ迄に待ちきれず、ごっこをしようということになった。例えばおでこを触るとこういう意味、腕を組むとこういう意味、と言う、稚拙な遊びである。二人にだけわかる意思疎通というだけでそこに積み重ねは無い。野球のサインと同じ暗号。野球のサインと違うのは目的がないのですぐに忘れてしまうということ。次に会う時にどちらかがサインをしていてもそれがサインであることすら忘れている。そんな遊びをしているうちにその人とも会わなくなった。積み重ならずに年月だけは経ち、耳かきの素材もリモコンの大きさも変わっていった。

その後に出会った人は、必ず否定をする癖がある人だった。最初は不思議だったけどそのうちに、私が反対のことを言えばいいのだと気づいた。こちらが気づいてしまえば、その人は芯から素直な人であった。ある日、自分の好きなものが分かるかと聞かれたので、嫌いなものなら分かるよ、と例をあげ答えると、それらは嫌いじゃないけど好きでもないと言われた。そうだと思ったと笑い、ふと考える。例えば、あれ、と言われて間違えて耳かきを渡す。相手は何も言わずにとりあえず耳掃除をはじめ、暫くしてから自分でリモコンを取りに行く。そんな風になるだろうか。その時初めて、私は、あれ、や、それ、を当てたかったわけじゃないのだなと気づく。次に住む家には炬燵を置こうと話している。二人で炬燵に入り、この炬燵、思ったほど暖かくないね、と私が言えば、そんなことないよ暖かいよ、と、その人は否定してくれる気がする。


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