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秘密について

庭先で、メジロは言った。

「恨みがましいのは疲弊する。気持ちの良い風が吹いたことを知らず、梅が咲いた時に立ち会えない。その事に気づかないけど、ある日、なんだか変だと思う。空腹でもないのに寂しくなる。理由はわからない。気のせいだろうと考えを打ち消し、復讐の続きをする。そしていつか死んでしまう。生きていたことも知らないまま。」

春になる前に、庭を片付けようと出たところだった。地面に転がったスコップを拾い立てかけ、辺りを竹箒で履き、集まったものを袋に詰める。メジロは花壇の前の柵の上に左右の足を寄せて窮屈そうにとまっている。スコップをとりに行こうと少し近づくと、離れた柵に飛び移る。私は足を止める。等間隔に距離を保ちながら互いの存在を感じている。

例えば何か一つ小さな秘密を持つのはどうだろう。秘密というのは後ろめたいことではなく、取り立てて他人に話さない自分が自分のためだけにやっている些細なことである。一人の週末には自分にとっての豪勢なサンドイッチを作って食べるとか、じつは近所に気になる形の犬がいる、とか、寿限無を誦じてみるとかそれくらいのことだ。生まれたての玉子をひっそりとあたためつづけるように気に入った出来事を秘密にしてお腹にしまう。理不尽な現実が繰り返されても淡々と。温めた秘密はそのうちに自分だけの宝物になっていく。そうすれば何が起こっても変わらない、例え秘密が暴かれても何ともない。誰にも盗まれない、触れることさえもできない自分だけのものである。宝物にするには愛することが必要だ、そのためには知ることが。豪勢なサンドイッチにするためにはどの具材の組み合わせが自分は美味しいと感じるのか、気になる犬の爪先の形はどうなっているのか、寿限無を口に出す時にどこをどう言うのが気持ちが良くてそれはなぜなのか。

メジロはまだ同じ場所にいる。私は気づかないふりをしてそっと距離をひろげていく。玄関に入り、部屋に戻り、窓から覗いても、あのメジロがいてくれたら良いなと思う。そっと窓から覗く少し先の自分、その後ろ姿をイメージしながら、忍足で遠ざかっていく。






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