送信履歴♯♭10 〓exchange〓
今まさに君の会社で起こっていることなんだよ。
不思議な集団(おそらく単独ではない)からメールが届いたのは、君から彼女に変化が見られる、と伝えられる前だ。まさか直後に、君とうまくいっていない彼女が歩み寄ろうとしていることを知らされるとは思わなかった。
だから僕は差出人名のない人に、心当たりはないと書き込み、送信ボタンを押した。
(【受信】差出人: )
〉そうでしたか。
〉ワタシタチの見込み違いかもしれません。
〉
〉でも、ワタシタチは困惑しています。
〉漏れ出したのと引き換えに、ワタシタチのところに流れ込んでもいるのです。
〉流れ込んできたものは、ワタシタチが望んだものではありません。流れ込んできたことで加算されたのは迷惑で、減算されたのは安定と安全です。
〉きっと新たに現れた月のせいです。
月?
僕には何のことかわからない。
〉ワタシタチは3つの月で鼎立の安定にありました。気を揉むことも、諍いに巻き込まれることもなく、平和に暮らしていました。傷つくことも傷つけられることも傷つけることもなく、平穏無事に暮らしていました。
〉波風のたたない鏡面のような毎日です。
〉来る日も来る日も送信済ボックスに入れられたメールを箱から引き出し、封を切り、読み上げ、打ち込み、記録する。よけいなことはいっさいしなくていいのです。ひと息入れようかと誰かが思うと想いが広がり、誰が誘うわけでもなくワタシタチは「ひと息入れよう」を共有していました。時間がくればちょうどその日最後のメールが届き、引き出し、封を切り、読み上げ、記録します。それでその日の仕事はお終いです。
〉次の日になるとワタシタチはそれぞれが定位置につき、仕事を始めます。仕事を始めるのにちょうどいい量のメールが届いているので、それらを処理するために働き始めるのです。
〉昨日までと同じ仕事をこなし、明日からの仕事が同じようにやってきます。
〉
〉そんな鏡面の毎日。
〉壊したのは4つ目の月でした。
〉いや、正確には、4つ目の月が現れてから変わってしまったのです。
〉
〉4つ目の月は、じき吸い込み、噴出し始めました。
〉ワタシタチが必要としていたものを吸収しどこかわからないところに吐き出し始め、要らないものをワタシタチに押しつけ始めました
〉ワタシタチはいずれ4つ目の月に取り入れられる、喰らわれてしまうと思うようになりました。初めは「そんなことになるかもしれない」と半信半疑の気持ちでいました。でも心の奥では、月が凶暴に豹変することはおそらくないだろうと期待値のほうが上まわっていたのです。だから顔で心配し、腹では鼻で笑っているような節がありました。
〉ところがここ数時間で、予断を許さない事件が起こりました。この世の終わり? と思わざるを得ない事態が勃発したのです。
〉この大問題を解決しないことには、これからのワタシタチはおそらく「ない」でしょう。
〉ですからどうか、こいつをどうにかしてください。
と言われても、これはぼくの知る領域の話ではない。
〉ワタシタチはいつまでも、まったく完璧で揺るぎのない共有をしていかなければならないのです。
メールはそこで終わった。
彼らの話を鵜呑みにすれば、彼らは意志伝達の能力を失いつつあり、ぼくらの世界に流れ込んだそいつが僕らに広がって機能し始めていることになる。
影響は君の部下である彼女にも顕れて、彼女のほうから歩み寄ろうとし始めた。
君はほっとしている。地を固めるための雨なんて、もともと降らせたくはなかったんだもの、君の思いを僕は共有した。
あれ?
何を書いているんだろう。書かなければならない文脈をはずれて、筆が滑って(タイプキーが滑って?)しまったのか?
ん(と僕は、画面上部に小さく表示される新着メールのアイコンを確認した?
待って。
また彼らからメールが届いた。
いったん送信するけど、すぐに続きを書く。
(【受信】差出人: )
〉急いでほしい。
〉ワタシタチの仲間がおかしなことになってきた。
〉
〉「いつまでそんなことをやっていやがる!」
〉いや、これはファイルキーパーのつないだ言葉じゃない。言ったのは、カットマンだ。顔を赤くして蒸気を吹き出している。
〉カットマンに何が起こっている?
〉今のは打ち込まなくていい!(タイピストは「今のは打ち込まなくていい」とタイプした)
〉とにかくこのままじゃ
(黄色の服を着た人がEnterボタンを押した、ようなシーンが脳裏に浮かび、輪郭を記憶に刻みつける前に消えていった。尻切れとんぼの文章を連れて)
(続く)
この道に“才”があるかどうかのバロメーターだと意を決し。ご判断いただければ幸いです。さて…。