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ショートストーリー | お洒落なひと

リンスインシャンプーをした君の髪が揺れる。
「君の香りだね」と僕が言うと
「それはメリット?それともデメリット?」と訊く君はお洒落だ。
金メダルをかじってバッシングを受けた市長のように、ミルクにつけたオレオをかじっている。
「朝からお菓子なんて」と言って笑った僕に
「あら、おかしい?」と言ってにやついた君からは危ない匂い。

「これは君の香りかな?」
僕はきみの頭の匂いを嗅いで、それから耳の後ろの、少し濃いめの体臭を嗅いで、それから、椅子の下にだらんと垂らしてある君の手をそっと持ち上げた。

「これか」
僕はため息を吐いた。
「強烈な匂い。危ない匂い。大好き」と呟いた、お洒落な君。
「僕は好きじゃない。カメムシを潰した匂いなんて」
「ははは」
と笑って君が床に落としたカメムシは、なんだかよくわからない物体に見えた。

「いけないね。悪い趣味だ」と言いながら、僕は5枚に重ねたティッシュで可哀想なカメムシを包んだ。
「君も手を洗いなさい」
と僕が言うと、君は無言だった。
「どうしたの?」
僕が訊くと、君は肩を震わせて笑っている。

「この手は大事なの。今日はこの手のまま行くわ」
「君の上司の葬式に?」
「そう。この手でお焼香するの」
彼女は立ち上がった。そして汚れていないもう片方の手で、最後のオレオをミルクにつけて口に運ぶ。口を忙しなく動かしながら振り向いた君は「着替え、手伝って」と僕に言った。

カメムシを潰した手を大事そうに高くあげた君は、なんだかとてもお洒落だった。



[完]


#ショートストーリー

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