掌編小説|我がボディコンシャス
玄関で前かがみになり靴紐を結んでいると、たわわな胸がいつも以上に視界を遮り邪魔をしている気がして「いやもう、なんかだめだわ」と一人ごちる。
せっかく結った靴紐を緩め足を引き抜き、急ぎリビングへ戻ると、卓上ドレッサーを覗き込みながら真っ白なファンデーションを塗りたくるおかんの横で、透けるように薄いチーズをのせたトーストをかじっているおとんと目が合った。
「どうした」とでも言いたげなつぶらな瞳を無視してTシャツの裾をたくしあげる。小動物を擬人化したような人畜無害なおとんに最大限の配慮をし胸を外す。
「おかんごめん、時間ないからこれ、戻しといて」そう言ってたわわな両乳房を食卓に乱暴に置いた、つもりはないのだけど、何せ大きさがあるわけでぶるんと揺れる。
「あんた、せめて伏せて置きなさいよ」と言うおかんの口元は安物のルージュでみるみる紅く染められていき、突然目の前に現れた大きな乳首に睨めつけられたおとんは毛を逆立てて怯えている。
「おかん、ファンデーションの次に口紅塗るタイプなんだ」
姿見の前で身なりを整えつつ、顔面紅白合戦を繰り広げるおかんへ質問を投げる。
「一度目は下地目的ね。母さんの歳になると紅の乗りが悪いから。それより替えの胸、つけてかないの?ぺったんこじゃない」
まだまだ続きそうな乳房トークに耐えられないのか、おとんがおもむろに席を立ち咳をした。
「ご馳走様」「あい」
「今日は女子会だからこれでいいの。嫌味のないすっとしたスタイルの方が女子ウケはい……おほっおほっ」
おかんがはたくおしろい粉の匂いにむせた。
空中に散布された粉を避けながら玄関へ向かう途中、横目に映りこんだ驚き顔のおかんに問う。
「おかん、いつからファンデーションで眉毛を消して、その上にアーチ型の眉を描くようになった?」
おかんはふふん、と笑って何も言わない。その横で、どっしりとした両乳房がぽかんと天井を見上げている。なぜだろう、この哀れな乳房は、誰かが「風流な土左衛門」と言ったあの有名な絵画のように見える。
玄関で前かがみになり靴紐を結ぶ。やけにすっきりした胸が心もとなく、妹の引き出しにあったBカップ乳房を取りに戻ろうと再び靴紐を緩めた。
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