見出し画像

「2024」の私のため (#シロクマ文芸部)

振り返るとそこには、今にも泣き出しそうな私がいた。
その私は、胸につけた「2022」というゼッケンの裾を悔しそうに握っている。
「大丈夫だよ。あなたが流した涙のおかげで、ほら。今の私を見て」
私が優しく声をかけると、2022の私は潤んだ瞳で恐る恐る私と目を合わせた。彼女の辛かった日々を知っている私は、精一杯の慈しみを込めて見つめ返す。私たちは特に言葉を交わすことなく抱き合い、別れた。

その次現れたのはゼッケン番号「2021」の私。何やらはにかんでいる。
「もう。またニヤニヤして。あなたが調子に乗ったから、2022が苦しんだのよ。少しは反省なさい」
私は2021の肩をぽんと叩く。2021はぺろっと舌を出した。

私はその後も、番号を遡りながら過去の「私」と再会し続けた。
次に会った私には「おめでとう」と祝福を。その次に会った私には「惜しかったねー!」と激励を。
ただハイタッチをしただけの私もいたし、顔を見るのも嫌な私もいた。
振り返り、振り返る。
過去を辿っていくと、当然「私」はだんだんと若返るが、徐々に輪郭がぼんやりしてきていることに気づいた。
振り返ることにも疲れ果て、私は2009年の「私」との再会を最後にしようと決めた。

「皆に祝福された年の私。突然の悲しみに襲われた私。家族のありがたみを知った私。あなたがスタートだった気がしてる。今の私に続く、最初の『私』」。
2009年の私は、訳が分からないと言いたげに首を傾げた。
「あなたはわからなくて当然よ。だけど、ありがとう。あなたはいい選択をしたし、いい人たちに恵まれた。そういう運を運んできてくれた人だから。素直に感謝させて欲しいの」
私は、2009の私の手を力強く握った。

「さあ、そろそろ戻らないと」
私は来た道を戻る。たくさんの想いが胸を熱くする。師走の空気はどうしてこんなに凛としているのだろう。
冷えた手を温めたくて分厚いコートのポケットに手を入れる。するとなにかハンカチのようなものに触れた。引っ張り出してみると、それは「2023」のゼッケンだった。
「ちょっと、ダサいんだよなぁ……」
文句を呟きながらも、私の足は素直に「追い越し歩道」へと進んだ。
ゼッケンをつけようか迷い、やめた。
このダサいゼッケンをつけるのは、せめて2022の私を追い越してからでも遅くはないのだから。




#シロクマ文芸部
#ショートストーリー

今週もよろしくお願いします°・*:.。.☆

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?