近くにいると気がつかないもんだね。
七五三 〔超ショートショート〕
「七五三さん。お待たせしました。」
自分から呼び出しておきながら大遅刻。それなのに少しも慌てた様子のないこの男。ほんっとムカつく。
「あんたが呼び出したんだろうがぁ」
「すみません..…だいぶ、進んでますね。」
狭い二人がけのテーブル席の手前に並ぶ空のジョッキをちらと見やってから、つぶやくように男はそんなことを言った。全く、こんな口の聞き方をする女にヘコヘコしてんじゃないよ。
「またこの時期に誘ってくるなんて、あんた、私を馬鹿にしてんの」
「え?…あぁ、七五三シーズンってことですか?いやだなぁ。また七五三さんの自虐が始まってる。」
ヘラヘラ情けない顔で笑って。そんなんでこっちの怒りをスルーできてるつもり?
確かに私は酔うと口が悪いし、親につけてもらった名前を愚痴る。
「『七五三』と書いて『なごみ』なんて名前、私以外にいないのよ」
「いや、いますよ…」
なんなのこいつ。やる気あんの?なんで今日はそんなに反応が薄いのよ。
「今まで散々『しちごさん』っていじられてきたの。あんただって、裏ではそう呼んでるんでしょ!」
ちょっと。何よ、そのあからさまなびっくり顔、やめてよ。こっちがびっくりする。
「七五…三…」
「ええ、そうよ。なんか文句ある?」
こんな会話に意味などない。42歳独身の性悪女に付き合ってくれる男には感謝してる。定番になった、酔って名前を自虐することも、私にとってはストレス解消のルーティンのようなものだから、変わった名前をつけてくれた両親にだってほんとは感謝してる。
「七五三って、子供の成長に感謝する行事ですよね。」
だからなによ。
「無事に生きてきてくれてありがとうって思いがあったり。」
それがどうしたの。何をしみじみしてんのよ、このハゲ。
「つまり…これからも長生きして、幸せでいてほしいってことですよね。
…僕も、そう思ってます。」
「あんた、今日変だね。つまんないからあのいつものお土産ちょうだいよ。」
この時期に会うといつも渡してくる千歳飴。ムカつくけど美味しいからもらってあげる。
「あぁ、バレてるんだ。」
またへらへらして。あたりまえでしょ。いつだってこのパターンじゃない。
「七五三さんが…これからも…ずっと幸せでいられるように……..」
なに…?なんだって?
聞こえないんだよ。
そんな尻すぼみな話し方じゃ。
今日はどうして千歳飴に花束なんて添えてるの。
それにその光るものは何?
その、千歳飴にはめられた、やけに光るリングは…
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