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掌編小説|アバンギャルド・ネ申|シロクマ文芸部

 懐かしいね、くらいは言われると思ってた。
 示された位置に両足を置く。
「立てないかも」と言ったら「寄りかからせていいよ」と二人から同時に言われた。二人とも変な顔だ。笑っているように見せて、その口元には哀れみの食べかすを残している。

「とりあえず乾杯する?」ハルハルちゃんが言った。
「そうだね、初のオフ会に乾杯しよ」ハルぞうがビールジョッキに手をかける。
 私はそんな二人を交互に見ながらハイボールのグラスを持ち上げた。
「写真撮る? いつもみんながXにポストしてるみたいに」
 私の提案に返事はなかった。その代わり、二人してさっきと同じ変な顔になった。

 グラスを合わせ、ハイボールを一気にあおった。アルコールが巡って定まらない視点の先に、ハルキのスーツの赤が揺れる。
「ハルハルちゃんはディナーショーのときのハルキ推しなんだね」
 テーブル中央に立たせてある、赤いスーツ姿のハルキのアクスタを見ながら言った。
「そう。奮発してVIP席買ったからね、思い出深いの。出かける時に持ち歩くのはこのアクスタが多いかな」
 ハルハルちゃんはお酒のせいか頬を紅く染めて、体長15cmのハルキを見つめている。
「でも、一番の理由はそうじゃないでしょ」とハルぞうがにやつく。
「なに、どういうこと?」
 私は前のめりになり、自分は参加しなかったディナーショーの話に興味があることをアピールした。初めて作る慣れない表情に鼻根びこんきしむ。

「この子さ、テーブルサービスでハルキが回ってきた時、興奮してシャンパンこぼしたのよ、スカートに」
 それをさあ、と言ったところで二人は顔を見合わせて笑った。
「それをさ、ハルキに拭かせたんだよ」
「だから、違うって」
 ハルハルちゃんが笑いながらハルぞうを小突いた。
「悲鳴上がったよね、会場中。だってあのハルキがだよ? 床に膝ついて、一人のファンのためにスカートを一生懸命拭いてんだもん」
「こぼした瞬間、同じテーブルの人達から投げられた紙ナプキンが宙を舞ってさあ」
「すごかったよね。その紙ナプキンでハルキがあんたの腿の上をごしごし……」
「やめてよー」
 恥ずかしいのか、顔を手で覆っている。どうしてそんなに照れるのだろう。
 私は赤いスーツに身を包んだハルキのアクスタを掴むと、同時に、テーブルに備えつけられている紙ナプキンをハルハルちゃんのスカートの上に豪快に撒いた。
「ごしごしって、こんな感じ?」
 スカートを覆う紙ナプキンの上でアクスタのハルキを動かす。
「やめて!」
 ハルハルちゃんが低い声で唸り、私の手を思い切り払った。
「不感症なの?」
「は……あんた何言ってんの」
 ハルぞうが怖い顔で私を睨んだ。
 ハルハルちゃんは私の手からアクスタを取り戻すと素早くバッグにしまった。ハルぞうも自分のアクスタをしまう。支えがなくなった私のやっこさんは大の字に倒れた。
「ブロックするから」
 そう言われ、千円札が一枚、宙に撒かれた。
「私も。ハルキのアクスタ持ってないとか、ファンじゃないし。そもそも、さっきから話噛み合わないし。それ、キモイし」
 もう一枚。不穏な回旋を描きながら、千円分の価値ある紙が舞う。

 二人がいなくなった座敷に、折り紙で作った奴さんのハルキと一緒に寝そべった。
「オフ会、めっちゃムズいじゃん」
 独りごちて、奴さんを指で弾いた。
「キモイじゃなくて『懐かしいね』だよ」

 同じような境遇のネット民、ハルキを推す同士。それなりの希望はあったのに、やっぱり、リアルでの交流は私には厳しかった。
「あの二人、全然コミュ障じゃないし」
 ネットの世界は嘘だらけだ。
 無意識にいじっていたせいで、いつの間にか奴さんは元の真四角の紙二枚に姿を変えていた。皺は残ったが、元に戻ればまた生まれ変わることができる。
「新垢つくり直すかあ」
 いつだってこの繰り返しだ。だけどそれでいい。新しくなればもう一度居場所を探すことができるんだから。

「So,  you  don't  have  to  worry,  worry……」
 最近SNSで覚えた歌を、0.5倍速で歌ってみた。


 了


#シロクマ文芸部

よろしくお願いします°・*:.。.☆


yayaさんのこちらのカバーが好きすぎて、小説の最後に加えてしまいました✨️


#掌編小説
#yayaさん




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