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リアル桃鉄生活ふたたびin盛岡【研究者日記】

先日まで日本縦断の旅をしていて、いったん福島に帰宅。2日ばかり大学で仕事をしたら、また出張の旅に出る。

今回は岩手県盛岡市へと。つい3日ほど前に新幹線で通過し、さらにその3日前には車で立ち寄り、こちらの大学の先生と会い、語らった場所である。

人生において、1週間で3回も盛岡に来る人生になるとは思わなかった。こちらの大学の先生とは今日も会うことになるので、福島の友人よりも会ってる回数は多い。

そんな移動ができるようになったのも、パンデミックが収束したからであるだろう。

新幹線の自由席もコロナ禍ではガラガラで快適だったのが、圧倒的に人が戻っているし、夜に酒場に行くとどこもかしこも満員御礼。

コロナ禍の落ち着いた酒場もよかったが、活気が戻ってきて、経済が回るようになってきたであろうことはとても嬉しいことだ。

自分にとっては、コロナ禍の移動が制限された状況やまんぼうによってお店でお酒が飲めない世界線はなかなかつらかった。

北海道から福島に出てきた時に、友達も誰もいない状況でもまぁ月に1度くらい東京にでも遊びに行けばいいかぁとか、飛行機乗ったら札幌もすぐだしなぁとか、そんなことを考えていたので、

突然の制限にはかなり孤独感が増したものだ。

そのおかげと言ってはなんだが、オンラインがかなり普及したおかげで、全国、全世界の人たちと簡単につながることができるようになった。

技術面はともかく、使用する敷居が下がったことが大きな要因だったと思う。そのおかげで、孤独感も軽減され、このnoteや YouTubeを始めるきっかけにもなったので、そういった面ではポジティブであった。

とはいえ、対面してフィジカルで会いたいという欲求は変わることがなかったなぁと思う。

デジタルネイティブな世代じゃないため、脳の回路がオフラインに特化して作られているのか、これからのデジタルネイティブはオンラインのみでも適応できるのかはわからないが、現時点でのわたしにとってはフィジカルに会えることが重要であることはよくわかった。

講義やレクチャーの依頼も、結局、現地に来て欲しいというニーズが圧倒的に多いので、まぁみんなそう思う人が多いんだろうなと思うところ。

さて、このようなフィジカル生活に戻ると、腰を据えてゆっくり作業する時間はコロナ禍よりも減り、時間も減る。

最近、時間が経つのが早いのは、歳のせいもあるかもしれないが、この移動生活や人と会う機会の増加に起因しているように思う。

コロナ禍の前からわりかしふっ軽なほうではあったが、この移動の世界線になるのは流石に想像していなかった。

かなり時間が目まぐるしく過ぎていく中で、コロナ禍に始めたいろいろなことと、その前から続けているいろいろなことがある。

目まぐるしくすぎる中で、改めて自分の時間を何に使うのか?問い直さなければいけないなと思いつつ、

盛岡は東家さんにて、わんこそばをどんどんじゃんじゃんする店員さんを横目に、鴨せいろをすするという世界線にいるのがいまの立ち位置である。

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