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書評『こどもと大人のためのミュージアム思考』美術館・博物館にファシリテーターがいる時代

ミュージアムはお好きですか?

美術館や博物館などのミュージアムはお好きですか? 僕は好きです。それも、かなり。出張のたびに隙間時間を見つけては各地の美術館や博物館に立ち寄ります。最近とくに印象的だったのは岐阜県美術館でやっていた塔本シスコ展「シスコ・パラダイス」ですね。いやー、これはマジでよかった。誰かに師事するわけでもなく、芸大にいくわけでもなく、53才から突如、独学で絵を描き始めた熊本生まれの女性、シスコさん。子どもの絵日記みたいな絵をデカいサイズで、描いて、描いて、描きまくって91才に亡くなるまで、エネルギーに満ち満ちた作品を出し続けた人生に、僕は、ガツンとやられました。僕はいま46才で、絵の苦手意識もあるのだけど、今からでも絵描きになれるかもと錯覚するほどの元気を頂きました。まじリスペクトです。こういう風に生きてゆきたいな。

実はこの展覧会を開催した岐阜県美術館は、アート・コミュニケーターを募集・育成しています。その名も「〜ながラー」。岐阜をながれる長良川に由来するお名前でしょうか。それぞれ仕事をしながら、主婦をしながら、学生をしながら、美術館に通ってアートを楽しむ仕掛けをつくる愉快な人たち。

https://kenbi.pref.gifu.lg.jp/ac/


展示室ではお静かに

というのは、従来型のミュージアムの決まり文句なのですが、アート・コミュニケーターが仕掛けているのは、その真逆かもしれません。アートを通じてコミュニケーションを生んでいるのです。静かにアート作品を見せるだけじゃなく、作品を見に行く前に、ちょっとした声かけをしてワクワクする気持ちを増大させたり、作品鑑賞を通して、どんなことを感じたか? を交わし合ったり。何か疑問がわいて来たら、それをいっしょに語り合ったりもします。

みなさんはミュージアムにいって、作品があったら、その横にあるキャプションとか解説を真っ先に読むタイプでしょうか? はい。僕は読むタイプです。が、アート・コミュニケーターの皆さんがやっている活動のひとつ 対話鑑賞 という方法だと、あえて「誰の・いつの・どんな評価を受けた作品」といった背景情報を伏せて、作品だけをどどーんと見せて「今見ている絵にはどんなことが描かれている?」と問いかけたりするそうです。その時に「これという正解はないから、何でも言ってみて」と、いう気持ちで促すことで、あーでもない、こーでもないと、ワイワイ・コミュニケーションが始まるとのこと。

アートというのは「よくわからないもの」だと僕は思います。よくわからないけど、なにかガツンと来るものがあったり、考えさせられることがあったり、ハッとする部分があったり、妙にひっかかるものがあったり。それをどう感じるかは、見る側の自由だし、何か正解があるわけじゃない。そのあたりでコミュニケーションが起きると、きっと面白いなと思うのです。

実はこのアート・コミュニケーターの活動、岐阜だけではなく、山口県宇部市や、北海道札幌市、長野県長野市など、各地で展開されているのですが、源流をたどると東京都美術館と東京藝術大学が始めたソーシャルデザインプロジェクト「とびらプロジェクト」から出てきた流れ。アート・コミュニケータ「とびラー」は、とびらプロジェクトのアート・コミュニケータで、兄弟プロジェクトの「Museum Start あいうえの」でも活躍しています。

で、今回、僕が紹介する本は、このプロジェクトの仕掛け人である稲庭彩和子さんがお仲間とまとめた『こどもと大人のためのミュージアム思考』という書籍です。これ、かなり面白いです。


ステキな問いがたくさん詰まっている本

僕が面白いなと思ったのは「ステキな問いがたくさん詰まっている」ことです。稲庭さんは「美術館・博物館の忘れがたい体験を、ひとつだけ教えて下さい」と、ことあるごとに聞いているようです。美術館や博物館で、衝撃を受けたり、出会いがあったり、誰かと一緒に鑑賞して感想を交わし合ったそれぞれの経験を伺うって、本当にステキだな。

ちなみに、僕のシスコ展での体験は、本当にありがたいものでした。そういう体験をした後、人は、誰かとお話ししたかったり、コミュニケーションをとってみたくなるだろうな、と思います。優れた問いはコミュニケーションを生むなぁ。
この話の中に出てくる「お金では買えないもの。それは一体何なのでしょうか?」という問いも、かなり好きです。「お金では買えないステキな体験」がたくさん起きる場所としてミュージアムをとらえ、そういう場所で、人と人とがつながってご縁が生まれたり(文化縁)、傷ついた社会が修復してゆく可能性もある、と。

ほかにも対話鑑賞のシーンで「この絵の中に何が見えますか?」みたいな問いも、実に素晴らしいな、と思いました。たとえばピカソのゲルニカみたいないろんな意味不明な要素が入った絵を前にして、この問いを出してもらえると、実にいろんな答えが返ってきそうで、好き。

自分でよく見て、自分の言葉にしてゆこう

この本のなかで紹介されている取り組みのなかで、特に気に入ったのはティーンズ学芸員による音声ガイドづくりの活動です。中高生が美術館や博物館にでかけていって気になった作品をつぶさに鑑賞し「自分が感じたこと」を音声ガイドにする。音声ガイドにするためにもう一度作品を見に行く。仲間と意見交換し、どう表現するかを悩む。私がどう感じるか、どう解釈するかは、これが正解というものがなく、本当に人、それぞれ。それを表現してよい場づくりができているのが素晴らしいなと感じます。まさに主体性を育む教育の場でもある。
あ、ちなみに「地元の中高生がつくった音声ガイド」があれば、僕は喜んでお金を払って感想を聞きながら、いっしょに鑑賞したいです。こういう工夫があると「同じタイミングに美術館にいなくても、交流できる」感じもあって、実に豊かだなぁ。
以下の動画、書籍のなかのQRコードから読み取れて、とても印象的だった。こういうコラボは全国の高校と地元博物館でやるといい気がする。

で、こうやって作品を鑑賞し、音声ガイドをつくるグループの横にいるのがアート・コミュニケーターのみなさん。上野の場合は、東京都美術館の略称の「都美」と新しい世界の「扉」をひらくというのを掛け合わせて「とびラー」という愛称がついてます。とびラーの皆さんが「きく姿勢」をもって、中高生の感じたことを、ひとつ一つ、丁寧に伴走しながらきいている様子が、素晴らしいなと思います。その伴走があるなかで「自分も感じたことを、声にしていいんだ」と体得することができれば、それは一生の財産になるんだろうな。

美術館・博物館にファシリテーターがいる時代


そういう意味で、全国のアート・コミュニケーターのみなさんは、すぐれたファシリテーターでもあります。アート作品を見て、自由に感じることができ、それらを交わし合えるきっかけをつくれるファシリテーターが、今、各地に続々と増えています。上野の「とびラー」は毎年40人の応募枠があって、最長3年間活動できるとのこと。ということは上野には120人のファシリテーターがいるのです。岐阜でも、山口でも、札幌でも、長野でも、こういう方が続々増えているのを僕は感じ、とてもうれしい気持ちです。僕はそれぞれの場所のアート・コミュニケーター育成に年々関わらせて頂いているのですが、なんだかとても光栄に思えてきました。ありがとうございます。いずれ、ミュージアムにはファシリテーターがいるのが当たり前の時代になりそうです。



国語の授業にミュージアムはいかが?


この本のなかには小学校の先生が、国語の授業の一環でミュージアムを活用している例も紹介されています。その先生いわく、

国語の言語活動は「読む」「書く」「話す」「聞く」がありますが、その全部をまんべんなくできる子はなかなかいません。例えば感想を「面白かったです」だけで終わったり、本当は思っていることがあるのにそれをなかったことにしたり、言語化も苦手な子供が多い。国語の教科書を読んで「どう思ってもいんだよ」と言っても「あとでテストででるんでしょう?」と正解を探す話になります。
一方、美術館では「どの作品を見て、何を思ってもいい」と言うと子供たちはそのまま受け止めてくれる。自分が思ったことを言語化しやすいのではないかなと思います。

「こどもと大人のためのミュージアム思考」 p142より

とあります。ふむ、教室から一歩でて、こういう豊かな学びができるミュージアム体験が増えるといいな。稲庭さんの本によると全国に5000カ所のミュージアムがあるようです。津々浦々で、たくさんの子どもと大人たちにとって、かけがえのない体験が増えますように! 
未来を感じるよい本と出会えたので紹介でした。最後まで読んで頂き、ありがとうございました。

先日のとびラー基礎講座は東京藝大のキャンパスで「グッドミーティング」をテーマに


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