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【小説】花束の物語【薔薇編#4】

 ある日のお昼休み。屋上で一人ご飯を食べていた。屋上は、カップルが多く、初めて屋上にご飯を食べに来たときは、居心地が悪かったが、今はもう慣れた。教室にいるよりはマシだ。
 ご飯を食べ終わった後、屋上から街を眺める事が最近の私の楽しみだ。眼下に広がる人々や車、建物は、どれも小さく映り、まるでこの広大な世界を支配する神様にでもなったかの様な気分にる。その感覚はとても心地よかった。

 京谷が私を庇った日から、私に対する虐めがひどくなってきていた。
 無視は勿論、教科書や筆記用具がごみ箱に捨てられていたり、上履きがなくなっていたりと、どんどんエスカレートしている。驚くことに虐めの指示を出しているのは金魚の糞その2(京谷の元カノ)らしい。
 正直、学校なんて行きたくない。でも、私が学校を休むことはできない。
絶対に。なぜなら…

「なぁ華、ここから落ちたらさすがに死ぬと思うぞ」

 不意に横から声を掛けられた。
 いや、自殺を促されたのか?
 そんな事より、今は聞きたくない声だったので…

「黙れ、ゴミ」

「えぇ!?ひどくない!?」


 声を掛けてきたのは、あの日私を庇ってくれた人。そう、京谷だ。

「何であんたがここにいるのよ」

「いやぁ~、教室に居ても暇で、屋上に来てみたら、顔見知りが屋上から飛び降りようとしていたから声をかけた。当然だろ?」

「ただ、街を眺めていただけよ」

「屋上にいたら誰だって、飛び降りるんじゃねって心配になるだろ?」

「あんたの言い分だと、周りのカップル全員自殺志願者になるんだけど」

「それはぁー、あー、ほらっ!カップルの中に一人だけって何か変だろ!」

「はぁー」と、呆れて溜息が出る。一人になりたいのに何故かいつも付きまとってくる。大変迷惑だ。

「で?何か用でもあるの?」

「いやぁ、特に用はないんだけど、大丈夫かなーと心配になって…」

「大丈夫って、何が?」

「何がって最近華に対する嫌がらせがひどくなってきているなーと思って」

「心配なら、今後一切近寄らないで。あの日からひどくなってるんだけど」

「それは…申し訳ない…」

「それに、あんただって例外ではないでしょう…。屋上に来たのも、教室に居づらかったからよね?私なんて庇うからあんなことになるのよ…」

 京谷もまた、男子から嫌がらせを受けていた。私みたいに無視や何か物がなくなるということはないみたいだが、よく顔を腫らして教室に戻って来ることがあった。恐らく、男子数人から暴行を受けているのだろう。幸い私と違って彼の味方をしてくれる男子もいるみたいだが、それでも数には勝てないみたいだ。
 こんな奴でも、私のせいで虐められるようになったとなると、さすがの私でも多少申し訳なく思ってしまう。

「俺は別に大丈夫。殴られるのは正直辛いけど、助けてくれる奴もいるし。それに華のせいじゃない。あの日、華を庇ったのは俺が勝手にしたことだ。後悔なんかしていない。気にすんなって!」

 その言葉を聞いて、私は俯いてしまった。
 彼が大丈夫というのなら本当にそうなのだろう。
 だが、問題はそこではない。
 私が学校を休んでしまえば、きっと京谷へのいじめがエスカレートしてしまう。いじめの指示役が元カノとはいえ、私を庇った京谷の事を恨んでいるに違いない。
 私に親切にしてくれるのが嫌なわけではない。むしろ嬉しい。
 その優しさに甘えてしまいそうになる自分が許せない。腹立たしくて憎らしい。もう本当に...............…

「迷惑なの…」

「え…?」

 私は彼の顔を睨みつけた。

「あんたが来てから!!私の静かだった学校生活が台無しよっ!!もう…、私に関わらないで........!!」

 彼は大きく目を見開いた。
 あぁ、ひどいことを言ってしまった。嫌われたなぁ、私…。
 周りのカップルが「何かやばくない?」、「喧嘩か?」等と言いながら、気まずそうに屋上から出ていった。
 残されたのは京谷と私だけ…。

「近寄らないでほしいならそんな顔で言うなよ.........…」

「え…?」


 彼の見開かれた目は、次第に悲しみに、そして怒りへと変わっていった。


「じゃあ、何でお前は泣いてるんだよ!!」

「っ!?」


 気づいたら私は、泣いていた。


「ふざけんなよ.....…、強がってないで本音を言えよ!!」

 ボロボロと溢れてくる涙と一緒に、心に溜め込んでいた感情も溢れ出てくる。
 私を守っていた強い自分が剥がれ落ちていく。

「これ以上…いじめがひどくなったら、私…耐えれない........。でも…、私が逃げてしまえば、もっとあなたを苦しめてしまうっ!!もう、あなたを巻き込みたくないの…。だから、放っておいてよっ!!」

「辛いんだろ!!泣いてしまうくらい追い込まれてるんだろ!!だったら、お前が言わなきゃいけないのはそんな事じゃないだろ!!」

「でもっ!!…でも、私は皆を不幸にしてしまう…、あなたも、クラスの皆も、私に関わる人全て........、だから、一人で居続けようとした!!強い自分であろうとした!!それが私の唯一の支えなの!!それが無くなったら…私....、もう立ち直れなくなっちゃう…」

「馬鹿か!!お前は!!」

 そう言うと、京谷は私の右手をパシッと掴むと胸の前に持っていき、両手で優しく包み込むと、私の目をじっと見つめた。

「っ!??????」

 彼の思わぬ行動に私は、言葉を失った。心臓がバクバクしてうるさい。

「お前が幸せにした奴が目の前にいるじゃないか」

「え?それってどういう…」

「それに、支えが必要なら俺が支えてやる。俺だけじゃ頼りないなら他にもお前を支えてくれる奴がいる。なあ!」

 京谷が屋上の扉に顔を向けた。私もつられて扉の方を見ると、
扉が開き、男子生徒2人と女子生徒1人が私たちの方に近づいてきた。
 坊主頭が林田 林太郎、天然パーマに眼鏡をかけているのが田口 順平、ポニーテールで眼鏡をかけているのが神田 千尋だ。
 私たちの所までたどり着くと3人は急に頭を下げてきた。

「「「ごめんなさい!!!!」」」

 突然の謝罪に私はキョトンとして、3人の後頭部を見つめた。


「棘咲さん!今までごめんなさい!!棘咲さんが虐められてるって分かってたのに私たち、何もできなくて...…本当にごめんなさい…!!」

「菊池があの日、棘咲さんを助けたときに、このままじゃダメだって思ったんだ!!」

「謝って許されることじゃないのは分かってる。…許される何て思ってない。だけど、見て見ぬふりをするのはもう嫌なんだ!!どうか、俺たちにも支えさせてほしい!!頼む!!」

「「お願いします!!!!」」


 私は、3人の言動に戸惑うと同時に、心の奥から沸々とこみ上げる怒りを感じた。

「いまさら何…?何なのよ…ずるいじゃない、そんなの…」

 私の言葉に3人はビクッと体を震わせた。
 いきなりそんな事を言われても納得できるはずがない。

 少しの沈黙。

 重い空気の中、神田 千尋が口を開いた。

「棘咲さんの言う通り、私たちはずるくて、臆病で、卑怯者かもしれない。でも、そんな自分ではもういたくない…ここで変われないと私たちは一生後悔しながら生きていくことになるって菊池君のおかげで気づけたの。黙ってるだけじゃダメなんだって...…!!行動しないとダメなんだって...…!!」

 彼女の言葉から強い覚悟を感じた。男子二人もズボンを強く握りしめており、悔しさが伝わってくる。

「私たち3人でどうするべきかを話し合って決めたの。これからは棘咲さんの味方だって事を行動で示していくつもり。だから私たちに棘咲さんを助けさせて…!!」

 そう言うと3人は顔を上げて、真っすぐ私の目を見つめた。力強い眼差しに私は耐えられず、目を逸らしてしまった。今までそんな目を向けられる事はなかった。
 そのまま黙っていると、今まで3人を見守っていた京谷が口を開いた。

 
「確かにこいつらは許されないことをした。俺もそうだ。偉そうな事を言っておきながら虐めを止めれてない。信じられないのは分かる。だけどな華、ここにいる俺たちだけでも信じてくれないか?」

「…っ急に、そんな事言われても......」

「華、いつまで逃げるつもりだ?」

「逃げてるつもり何てない…、私は一人だって…」

「華は、怒りっぽくて乱暴者だ。最初は何だこいつって思ったけど、そうやって今まで必死に自分を守って来たんだな…。すげえよ、マジで...…でも、今、泣いてるじゃないか…!そんな、お前見てらんねえよ…だから、頼む。華の本当の気持ちを教えてくれ......!」

 京谷はそう言うと、私の右手をさらに力強く握りしめた。なんて大きくて温かい手なんだろう。すごく安心する。
 私は4人の顔を一人ずつ見ていった。皆温かい眼差しを向けてくれている。私にも味方がいた事が分かり、視界がぼやけ、止まっていた涙が再び溢れてきた。

「すぐには、許せないけど…、もし、信じていいのなら…」

 この先を言うのが怖い…不安だ。でも、今の私なら...…

「皆、私をぅ、助けてっ…!」

「「「「もちろん!!!!」」」」

 この日、初めて友達ができた気がした。


続く


 
 



 


 
 


 




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