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【小説】花束の物語【薔薇編#最終話】

 私の家は、学校から歩いて大体20分くらいの所にある。他にも下校している生徒はいるが、街灯がスポットライトの様に私たちを照らし目立たせている気がして、少し恥ずかしくなった。
 京谷は一言も話さず私の少し前を歩いていく。
 気まずい。何か話せよ、こいつ…
 私は無言が耐えられなくなり、ずっと気になっていたことを聞くことにした。

「ねえ。」

「ひぇっ!?な、何?」

「っ!?そんな驚く事ないでしょ。こっちまでびっくりするじゃない。」

「ご、ごめん…華から話しかけてくるとは思わなくて…それで、何?」

「ずっと聞きたかった事があるんだけど。屋上で京谷が私に言ってくれたこと覚えてる?」

「ん?いっぱいあり過ぎてどれか分からない」

「その…『お前が幸せにした奴が目の前にいる』ってやつ。あれどういう意味?」

 あー、っと言いながら京谷は照れくさそうに頬を指でかきながら答えた。

「俺たちが初めて会った日を覚えているか?」

 病院前の橋の上で川を眺めていた時、京谷が話しかけてきて、私たちは出会った。

「えぇ、覚えてるわ。最悪な出会い方だったもの」

 初対面の女子に対しての一言目が「ここから飛び降りても死ねないよ」だ。最悪以外の何物でもない。

「最悪って…まぁそれは置いといて。あの日、実は俺、死ぬつもりだったんだ。」

「え...…?」

 衝撃だった。私と出会う前の彼は人気者でクラスのリーダーでみんなの憧れっていうイメージだ。人生イージーモードな彼が死にたいと思う事なんてないはずだ...…と、そこまで考えた時、初めて出会った時の京谷の服装を思い出した。

「それって…入院してた事と関係あるの?」

 京谷は小さく頷いた。

「俺、病気だったんだ。病名は覚えてない。診断を受けた時の両親の泣き叫ぶ姿を見て、頭が真っ白になったんだ。その時の記憶は曖昧であまり覚えてない。先生の話す事なんて頭に入ってこなかった。ただ、何となく死ぬんだなって事は分かった。」

「じゃあ、元カノを振った理由って…」

「あー、それは関係ない。遅かれ早かれあいつの事は振っていた。でも、結果的にはそれで良かったのかもな」

 京谷はキッパリそう言うと話を続けた。

「闘病生活はまるで地獄だったよ。病院食はまずいし、投薬の副作用で吐き気はひどいし。死ぬのに治療する意味あんのかなって自暴自棄になって、何度も病院から逃げ出した。その度に棘咲先生が見つけに来てくれて…本当、棘咲先生には迷惑かけたな…」

「お母さんが、脱走する患者さんがいてすごく大変って愚痴ってた時期あったけど、あれ京谷の事だったんだ」

「あはは…申し訳ない…。棘咲先生は自暴自棄になっている俺を何度も励ましてくれた。それが唯一の救いだった。ただ、それも限界がきて、あの日死のうと思って病院の屋上に向かった。いざ死のうと屋上の柵の外に立った時怖くなって逃げだしてしまった。そのまま病院を抜け出しそうすればいいのか分からず、ひたすら走って病院前の橋まで来た時、華。君がいた。」

 そう言うと京谷は、いままで遠くの空に向けていた視線を私の方に向けた。

「最初に見た時は、華だって分からなかった。同じクラスの女子ってことも。ただ表情や、全体の雰囲気を見てどこか俺と似ていて放っておけないと思ってつい声を掛けてしまった。そしたら華だったってわけ」

「なるほどね。一言目があれだったのはそういう事か。それで?まさか私と会ったから病気が治りましたってわけでもないでしょう?」

 そう言うと、京谷は目を丸くして驚いた表情をした。え...…まじで…。

「よく分かったな、華。まぁ話の流れ的に分かるか。華の言う通り、あの日華と会ってから俺の症状はどんどん回復していって病気が治った。医者もあり得ないって驚いてたよ。周りは奇跡だって言ってるけど、俺は華。お前と出会えたからだと確信している」

「いやいやいや。そんな漫画みたいな話あるわけないでしょう...…何で私と会ったから病気が治ったって言い切れるの?」

 京谷が言ったことはにわかには信じがたい。どこかまだ病気じゃないかと疑うレベルだ。
 
「それは......華って人を不幸にするって言われてるだろ?自業自得とは思うけど、不幸になったっていう人がたくさんいる事も事実だ。華にはそういう何かがあるんだと思う。でも、俺は逆だと思うんだ。人を不幸にするんじゃなくて、不幸な人を幸せにする、華にはそんな力があると思うんだ。」

 京谷が言ったことに私は衝撃を受けた。今まで、人を不幸にしてしまうという事ばかりで、その逆なんて考えもしなかった。信じられない。でも、あり得ない話でもない。
 
「そんなの、分かんないじゃない。あなた一人を救えたところで今後、もしかしたらもっと大きな不幸がやってくるかもしれない。そうでしょ?」

「そうだな…確かにそうかもしれない。ただ、さっきも言ったけど不幸になったって人の話を聞くと自業自得としか思えないものばかりだ。俺が元カノを振ったのは華のせいだと思うか?違うだろ?それよりも、俺の病気が治ったって方が信じられるんじゃないか?」

「だからって…どうしろって言うのよ…。」

「不幸な人を幸せにする。それをこれから照明していけばいいんじゃないか?看護師、夢なんだろ?」

「え...…!?どうしてそれを?」

「棘咲先生が言ってた」

 お母さん、私の夢知ってたんだ。

「だからさ、俺と一緒に看護師目指そうぜ!」

..................…..................…え?

「なんであんたも目指すわけ?」

「そ、それは...…あれだ!ほら、俺も入院しているうちになりたいなって思ったっていうか…」

「ふーん…もしかしてあんた、私の事好きなの?」

「ばっ!?ち、違うし!?そんなわけないだろ」

 からかっただけのつもりが…こいつ、分かりやすいな…。

「まあ、興味ないけど。それよりもありがとう。私、看護師になるの迷っていたから。京谷の話聞いて、決心がついたよ」

「お、おう…それは良かった…」

 なぜか落ち込んでる京谷は放っておいて、急いで家に帰ろう。今まで死ぬことしか考えていなかったけど、生きる希望ができた。

 こうして看護師になる為、勉強に打ち込む日々が始まった。

 それから、2年後。
 私は、高校を卒業し、無事に看護学校に入学した。

「なあ、華。さっきの授業分かったか?」

「もー菊池君、授業中寝るから分からないんだよー」

「そうだぜ、京谷。俺はさっきの授業は完璧だったぜ」

「嘘つけ、林太郎。お前も寝てただろうが」

 なぜか、京谷だけじゃなく、林田、田口、神田も看護学校に進学した。理由は謎だが、高校からの仲間と共に夢を追いかけれるのは悪い気分ではない。こんな日々は高校では考えられなかった。これも全部京谷のおかげ。
 実は京谷から、何度か告白をされたが、全て断った。看護師になる為の勉強などで忙しいという理由で何とか逃げ切っているが、死ぬことしか考えてこなかったのにいきなり付き合うとか考えられないのが本音だ。
 京谷の事は好きだ。でも、もう少し恋愛に前向きになれてからがいい。それまで、京谷が私の事を好きでいてくれたらいいな…
 看護師とは別の目標と、京谷がくれた”不幸な人を幸せにする”という言葉を胸に、これからも頑張っていこう。

終わり



 






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