駄文作文: 『名誉ある僕の死について』②
ぜろ、ゼロ、零、Zero...
本当に不思議なことに、僕たちの関係性はまっさらだった。
昨日までは彼女の家のエレベーターが点検される日も、近所のパン屋の新しい営業時間も、外でキスが出来るちょっとした秘密の場所も、全て逐一発見されては共有されていたのに、手癖で点燈させたベッド上のスマホ画面には、今日はなんの通知も見当たらない。
僕たちは、それらがまるで見えていないかのように扱うようになるのかな。
二人とももう気づかず、気づいても共有されることのないそれらは、なんだか遠い昔の暗号のように思えて、その時は確かに必要なものだったのに、忘れ去られて意味を失った彼らに少し同情した。
僕は洗面所へ向かい、歯ブラシを口に突っ込む。
「何がいけなかったんだろう?」
一番最初に浮かんだのはそんなことだったけれど、考える意味もない気がして、泡に混ぜて吐き出してしまった。流してやると少しスッキリする。
マリは、変わった女だった。いや、あれが普通のオンナってやつなのか?
『今日はね、エミがね、こんなこと言ってきたの!』
それが女の子らしいとでもいうのだろうか。どうでもいいことでも、上り調子にジェスチャーを交えて話すのがマリだった。
同じ会社にいる同期の悪口を言う時でも、なぜか誇らしげに笑みを浮かべ、生き生きとしている彼女の姿が目に浮かぶ。
いや、最後の方はほとんど、顔を合わせて話すことすらなくなっていたけれど。
実は、僕はマリがする様々な話の中で、いつもと同じどうでもいい話が回ってくると、心の中でマリの口癖である「それでね、」の数を数え始めた。次は顔にある黒子の数。それも飽きると、羊も数えたっけ。
あまり会わなくなっても、LINEのラリーは止まなかった。
僕はマリが初めての彼女だったから、最初にお願いされた通り、メッセージが来ればそれをこまめに打ち返し続けた。2度目の喧嘩で、「もう連絡してくんな!!」と言われて本当に何もしなかったら、1ヶ月くらいグチグチと嫌味を言われたこともあったっけ。思えば、あれからはほとんどマリの機嫌を損ねないように気をつけるだけの毎日だった。
かつての暗号たちには悪いが、あの無限強制ラリーが終わったことは素直に嬉しいような気がする。
最近は面倒くさがってサボることも増えていたけれど、久しぶりに前髪をちゃんと上げて丁寧に髭を剃って、洗顔をした。よし、今日は朝からカフェ飯でも行こう。
LINEを立ち上げて、晃を誘おうか迷う。悪友のアイコンは今日も爽やかだ。
日差しを受けて歯を見せるその顔を見て、仕事や遊びの話をする気分じゃないなと思った。愚痴るなら夜かな。
「夜のみいかね?」マリとのやりとりで鍛えられた親指で素早くメッセージを打つと、着替えて家を飛び出た。まだまだ朝は早いのに。
どうしても、僕の部屋には僕とマリが作った僕たちの部屋の空気がまだ漂っているような気がした。
私が育ったのは、海も空も近い町でした。風が抜ける図書室の一角で、出会った言葉たちに何度救われたかわかりません。元気のない時でも、心に染み込んでくる文章があります。そこに学べるような意味など無くとも、確かに有意義でした。私もあなたを支えたい。サポートありがとうございます。