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800字日記/20221022sat/105「まるくなった背中」

先日、別府まで往復八十キロをロードバイクで走った。別府で温泉に浸かりたかったが、折り返し地点で温泉は眠くなる。用を済ませて帰ってきた。


途中、やはり銭湯に入った。バッグに洗面具はあった。のれんをあげると番台でみかんを売っていた。みかんの時期ですね。受付に五百円玉を置く。アパート近くのホームセンターにいまごろ並んでいるな。思いだした。

男湯ののれんを分ける。神棚の横に備え付けのせんぷうきが回っていた。だれも居ないので紐を引っ張って止める。コインドライヤーがある鏡台でスマホが充電されていた。自分は急速充電器をつなげて貴重品とロッカーに入れる。


服を脱いで垢すりとシャンプーセットを黄色いケロリン桶に入れてガラス戸を開ける。人はほとんどいない。湯気に目が慣れると、細身の老人が見えた。ねこ背だ。老人は前屈みになってピンク色の柄の剃刀を顎の下にあてていた。手は震えていた。足元の溝は血の川になっている。息をのむ。全裸になって血をみると怖い。

その丸まった老人の白い背には茶色の老人斑ができていた。ぼくはその背に、鯉を見た。背中いっぱいに彫られた、滝をのぼる錦鯉は色あせていた。鮮やかであれば仁義なき戦いの菅原文太だ。

老人のふたつ隣に座ってぼくは身体を垢すりでこする。奥の湯船から恰幅のいい老人があがってくる。

「エモトさん、お先に失礼します。また」と頭をさげてでていく。

ぼくは真剣になって身体中をこする。すると自分の身体にふたつの異変に気づく。まず身体を全力で洗うと、疲れる。これじゃ、銭湯に疲れをとりにきてるんだか疲れにきているんだかわからない。齢か。それでもゴシゴシやる。気持ちいい。ふたつ目はこすって自分を触っていくと、首や肩のまわり、二の腕や三頭筋、腹、大腿筋、臀部、手首や甲や指まで、まるいのだ。鏡を見る。自分の顔がまるい。久しぶりに顔をマジマジと見る。太ったのだ。

老人はひとことも言わずに出ていった。

(800文字)


近くの銭湯。廃業していた。


三十五年間お疲れさまでした。

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