【小説】いかれた僕のベイビー #21
「……それでまぁ、その彼女との関係は一年くらい続いて、結局最後は彼女がオレに本気になったから終わったんだけど、その間にオレもそういう女の子の匂い嗅ぎつけるの得意になっちゃって、今に至ってる。…そんな感じかな?ごめんね、こんなくだらない話長々としちゃって…」
「……いえ、くだらなくなんか、無いです」
潮音ちゃんはとっくに空になっていたビールの缶を両手で力強く握り締めながら、ずっと黙ってオレの話を聞いてくれていた。
立ち上がって備え付けの小さな冷蔵庫からビールを取り出す。
「潮音ちゃんも、もうちょっと飲む?」
「あ、はい……、では、次はチューハイで……」
「レモンでいい?」
返事を聞く前に一緒に缶チューハイのレモンを出して潮音ちゃんに差し出す。
「はい、ありがとうございます……」
緊張から喉が渇いていたのか、勢いよくチューハイを流し込む。
「大丈夫?それチューハイにしては度数高めだからね。潮音ちゃんて結構お酒強いんだね。打ち上げとかじゃ飲まないから知らなかった」
「あ、いえ、強いという事は無いと思います。……ですが、人とあまり一緒に飲むという事が無かったので、自分でもよくわからないんですけど」
そう言ってさらに一口飲む。
「そうなんだ。…で、まぁ、だいたいの事は話したと思うけど、何か他に聞きたい事とかある?」
「……いえ、大丈夫です」
「そう?けど、がっかりしたんじゃない?禁断の恋とか、幼馴染の恋人が不治の病で亡くなって、とかそんな壮大な物語想像してた?よくある普通の遠距離恋愛の末の失恋話だよ。けど、オレにとっては、人生最大の大失恋で、当時は本気で生きる希望も持てなかった。…ほんとバカだよね」
しかもそれを拗らせたせいで、今でもまともに歌詞が書けないなんて、バカにも程があるだろ。
「……そんなこと、ないです」
「いや、ほんと自分でもわかってるから、そんな無理にフォローしてくれなくて大丈夫だよ」
「無理になんかじゃないです、本当に、バカだなんて、そんな事ありません。……藤原さんが、それだけ苦しい思いをしていたのは、ちゃんと好きだったから、ですよね?本気で恋をしていたから……、だから、すみません、不謹慎だとはわかっているんですが、私からすると、少し羨ましいです。……ちゃんと人を好きになれて……」
「……まぁ、それは、好きだったよ、本当に。…だけどその結果として今の自分がいるなら、やっぱり、優菜を好きになった事は、間違いだったとしか、思えないよ」
「そんなことないです!」
潮音ちゃんが声を荒げる所を初めて見た。
そしてさらにチューハイを飲む。
「どうして、自分まで否定するんですか?辛い思いをしたかもしれないけど、良い事だっていっぱいあったはずですよね?曲を作るのも歌うのも、きっかけはその彼女かもしれないけど、その為に努力したのは自分自身でしょ?音楽を辞める事だって出来たのに、辛くても苦しくてもこの道を行くと自分で決めたのなら、誰も責めたりしないから、そのために必要な事なら全部認めて、自分を否定しないで……、藤原さんは、私とは、違うから……」
「潮音ちゃん…」
――私とは、違うから――
潮音ちゃんの抱えている何らかの事情と、本音が少しだけ顔を出した。
そうだ、オレが知りたいのは、それなんだ。
「ねえ、潮音ちゃん、オレの話はもういいから、次は潮音ちゃんの話を、………潮音ちゃん?」
今度はチューハイの缶を両手で固く握り締めたまま俯いて微動だにしない。
近付いて様子を伺うと、
「……え、寝てる?」
その体勢のまま寝息を立てていた。
「マジ?器用な寝方するなぁ」
そういえばさっき、酒は強い方ではないと思うとか何とか、言ってたな。
声を荒げていたのも言葉が少し感情的になっていたのも酔っ払っていたからか。
それに早朝から、途中川西さんと交代しながらもほぼ潮音ちゃんが大阪まで機材車の運転をしてくれていた。ライブ前もライブ中も、その後の打ち上げでも、一日中潮音ちゃんはずっと気を張ってくれていたんだ、俺たちのために。
そりゃ疲れてるよなぁ。
「気付かなくて、ごめんね…」
それにしても、酔っ払ったら即寝てしまうタイプだったんだ。また彼女の新たな一面を見れて思わず笑ってしまう。…なんか、可愛いな。
しかし、問題は…、
「……この状況、どーすんの?」
潮音ちゃんの泊まる部屋どこか知らないし、知ってても寝てる潮音ちゃん担いでホテルの廊下歩くの嫌だし、誰かに応援頼むのは後でいろいろ言われそうでもっと嫌だし、かといってこの部屋にはシングルベッドの他にソファなどは無い。潮音ちゃんを床に転がすわけにはいかないけど、オレが床で寝るのも絶対に嫌だ。……となると、このまま潮音ちゃんをここで寝かせてオレがどこか、玉田の部屋にでも行く?それこそ説明するのも面倒だし、多分玉田はもう寝てる。アミちゃんに説明するのはもっと面倒で無理だし、結局思い付く限りの事は全部面倒で無理で嫌なので、それならばもうここで一緒に寝るしかない、……だけど、
「オレ、他人と一緒だと熟睡出来ないんだよなぁ」
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