【小説】いかれた僕のベイビー #22
それに、ここは大阪。
きっと今もまだ、優菜は、この街のどこかで暮らしているはず…。
大阪に来る度、ついそんな事ばかり考えてしまってオレはいつも眠れなくなる。
とはいえこれは潮音ちゃんに必要以上に酒を飲ませたオレの責任だ。
いまだ握り締めたままのチューハイの缶を回収し、眼鏡を外し、髪の毛をほどいて潮音ちゃんの体をシングルベッドの奥側へ横たえる。
途中、身体に触れたら起きてくれるかな、と思っていたけど、甘かった。
潮音ちゃんは酔ったら寝て、おそらくそのまま朝まで起きないタイプと見た。
どうせ眠れないのなら眠くなるまでもう少し一人で飲もうかと思ったけど、潮音ちゃんが寝ている側で一人酒を飲み続ける姿はどうにもシュール過ぎるし、なにより気持ち良さそうに眠る潮音ちゃんの寝顔を見ていると何だかオレも眠くなってきて、いざなわれるように静かに潮音ちゃんの隣へ……。
あ、睫毛結構長いんだな、いつも眼鏡だから気付かなかった。
眼鏡を掛けていない潮音ちゃんを見るのは、二度目だ。
一度目は、潮音ちゃんと向井さんが事務所の一室でセックスしている現場を目撃してしまった、あの時で、…って、なんで今アレを思い出すんだよ。
――地味なフリして脱がすと実はエロい――
さらに向井さんの最低最悪な発言まで無駄に思い出してしまった。
確かに、眼鏡を外すだけで潮音ちゃんの印象はかなり変わる。髪の毛を下ろすと、さらに。
脱いだら、どんだけ変わるんだよ。
…いや、マジで何考えてるんだオレ、さすがにこの状況でそんな事考えたらヤバいだろ。
……なのに、潮音ちゃんから、目が逸らせない。
いつも、どんなふうにキスをしていて、身体中を優しく愛撫されたら、どんな甘い声を出して、最後はどんな顔で……。
…………ヤバ。
唇が触れるまであと数センチのところで、何とか我にかえった。
……オレ、何やってんだ。
慌てて潮音ちゃんから離れ、背を向けて布団に潜る。
あぁもう!こんなのやっぱり眠れるわけがない!
……なんて、思っていたのに、背中から微かに伝わる体温と心地よい寝息に誘われるように、オレはすぐに深い眠りへと落ちて行った……。
隣で眠る潮音ちゃんがオレの腕の中でもぞもぞと動く気配を感じて目を覚ます。
……オレの、腕の中?
しっかり目を開けてみると、目を覚ましたはいいがオレにがっちり抱き締められ身動き出来ずにひたすら困惑している様子の潮音ちゃんが、確かにオレの腕の中にいた。
どうやらオレは寝ている間に無意識のうちに潮音ちゃんを背中から抱き締めて眠っていたらしい。
「……おはよ」
あまりの抱き心地の良さになんとなく離れがたかったけど仕方なく潮音ちゃんを解放する。
「……おはよう、ございます」
「あーよく寝た。潮音ちゃんて体温高い?オレ他人と一緒だとあんまり眠れないはずなんだけど、すげぇよく眠れたわ」
「……さぁ、どう、ですかね。……あの、私…」
体を起こしながらぎこちなく返事をする。
「ん?あーこの状況?そりゃ覚えてないよね。昨日飲んでたら潮音ちゃん急に寝ちゃって、部屋わかんないし床に転がしとくわけにもいかないから一緒に寝てただけ。……何もしてないよ」
そう言いながら眠っている彼女に思わずキスをしてしまいそうになった昨日の自分を思い出して慌てて打ち消す。
「……すみません、ご迷惑おかけして…」
「いや、酒飲ませたのオレだし」
「……ですが、自分の酒量の限界を見極められずにこんな失態を犯してしまって…」
「別に迷惑なんて思ってないし失態でもないよ。むしろ感謝してる。オレ大阪来ると大体いつも眠れなくてさ、けど昨日はほんと潮音ちゃんのおかげか自分でも驚く程よく眠れたよ」
「それならば、とりあえずは、良かったです、けど…、やっぱり、大阪へ来るのは意図的に、避けていらしたんですね」
「あ、やっぱ気付いてた?」
「今現在同じような立ち位置にいる他のインディーズバンドに比べて、大阪でのライブの機会がかなり少ない気がして勿体ないと思って、川西さんにお伺いしても曖昧に濁されましたので、何か事情があるのだなと…」
潮音ちゃんがオレたちのマネージャーになってからはまだ半年も経っていない。もともと音楽が好きで、音楽業界に興味があってこの世界に入ってきたわけではないから、当初彼女は素人でも知っていそうな業界用語でさえ知らなかった。
なのに数ヶ月でこれだ。
地頭や感の良さに加え、きっと見えない所で相当努力をしてきたんだな。
優菜が選んだ相手がどんなやつでどんなバンドをやっているのかはいまだに知らないし、知りたくもない。だけどまだバンドをやっていれば意外と狭い音楽シーンで鉢合わせてしまう事もあるかもしれない、そう思うと大阪で積極的にライブをしたり、大阪のバンドと交流したりする事を避けてしまっていた。
「まぁでもいつまでもそういうわけにはいかないし、大阪のお客さんてやっぱりノリも断然良くて昨日のライブもすごい楽しかったから、これからはもう少し増やしていこうって思ったよ。…それに、夜も潮音ちゃんがいてくれたら眠れるってわかったし」
「……え?」
「ところで今何時?…まだ六時前じゃん、もうちょっと寝よう」
そう言ってまだベッドに座ったままの潮音ちゃんの手を引く。
「私は、自分の部屋に戻ります!」
オレの手を振り解いて慌ててベッドから降りると造り付けの机の上に置いてあった眼鏡をかけて髪の毛を括るとバッグを手に取る。
残念、まぁそんな悪ノリに付き合ってくれるわけないか。
「じゃあ後で起こしてねー、おやすみー」
そのまま逃げるようにオレの部屋から出て行く、と思っていたのに、潮音ちゃんは何故かその場に立ち尽くしたまま動かない。
「………どうかした?」
「あ、いえ、……あの、昨日お話してくださったこと……」
昨日の話、そういえば酔っ払って途中で寝た潮音ちゃんは、どこまで覚えているんだろうか。
「私はどうこう意見する気はありませんし、そもそも私にはそんな事言う資格もないと言うか、……それでも、もし藤原さんが、今、もしくは今後、現状に不満や不安を感じて、どうにかしたいと思うなら、他の方法を模索してみるのも有り、かと、……そのためにもし私に何か出来る事があれば、私は幾らでも力になります、何でもします。……そのために、私たち裏方はいるので。……だから、もう一人でなんとかしようとしないで、これからはちゃんと、頼ってください。………では、失礼します」
そう言って、今度こそ逃げるように潮音ちゃんは部屋から出て行った。
眠気覚めたわ。
それに、ちょっと勘違いしそうになった。
あくまで裏方、マネージャーとして、か……。いや、そうだろうけどね。
だけど、そうだとしても、それでも、やっぱり嬉しかった。
潮音ちゃんがこんなオレを、理解しようとして、力になりたいと思ってくれる事が……。
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