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【小説】いかれた僕のベイビー #18

 彼女はオレとは別の大学に通う四年生、就職活動真っ最中でストレスが溜まっていたから飲みに付き合ってもらえて良かったと、最初は何気ない話を交わしていたが、酒が進むうちにお互いもう少し踏み込んだ話もするようになって、気が付くとオレは優菜と別れた事、そのせいで歌えなくなって歌詞も書けなくなって、バンドも解散してしまった事を彼女に話してしまっていた。
 そしてそんな彼女は彼女で、大学の准教授と付き合っている話をしてくれた。その准教授は既婚者で、つまりは不倫の関係だった。

「相手は奥さんと別れてあたしと本気で付き合う気ははじめから無いし、だからあたしも絶対に本気にはならないつもりだったんだけどね、……無理だった。あたしの気持ちに気付いてるのか、最近では会ってもくれないし」

 そう言って寂しそうに笑う彼女に優菜と別れた日の自分の姿が重なる。
 届かなくても、叶わなくても心の中から消えてくれない人、……オレもまだ優菜の事が忘れられない。
 その後もさらに酒を飲みながらひたすら傷の舐め合いをして、二人とも相当酔っていた。
 そして気が付くと、どこかのホテルのベッドで彼女と二人、裸で寝ていた。
 あれ、なんでこうなったんだっけ?

「ん、起きた?なんでかわからないって顔してるね。フジくんて意外とお酒弱いんだね」

 いや、あれだけ飲めば、つーか、彼女酒強過ぎでしょ。

「……あー、ごめん、あんまり覚えてない」

「謝らないでよ、あたしが誘ったんだし」

 何も無かった、なんて事はないな。断片的には覚えているし、何より、あちこちに証拠が、ある。
 しまったなぁ、完全に自分のせいだけど、……これ、責任取ってとか、言われるやつか?

「……あの、さぁ……」

「責任取って……、」

 やっぱり……。

「とか言われると思ってる?安心して、そんな事言わないから。言ったでしょ、あたしから誘ったって」

「……いや、でも」

「なに、フジくんはあたしと付き合いたい?」

「……いや、それは」

「でしょ?あたしも別に付き合いたいとかじゃないよ。……でも、今度こそ本気にならないなら、たまにはこういう関係も、アリじゃない?」

 あー、つまりはオレに新たなセフレの相手になれという事か。懲りない人だな、この人も。

「……ヤっといてなんだけど、悪いけど、オレそういうのは、ちょっと……」

 そんなんだから誰の本命にもなれないんじゃないの、と思った本音は流石に言わないでおいた。

「そう?まぁもし気が変わったらいつでも言ってね。じゃあたしはもう帰るけど、フジくんどうする?」

「……オレも、帰るよ」

 こんなとこに一人で残されるとかとてもじゃないが無理だ。だからといって彼女と朝まで一緒とか、もっと無理だけど。

 終電はとっくに出ていて始発まではかなりある。
 仕方なく彼女と一緒にタクシーに乗り自宅から少し離れた所で下ろしてもらった。
 タクシーの中でオレに手を振る彼女を見送って家に帰る道中、そういえばさっきのタクシー代もホテル代も払っていない事にようやく気が付いた。
 オレってほんと、どうしようもないな。彼女とはバイトも一緒なのに、めんどくさい事にならないといいけど……。


 翌日、というかもう今日か、午前中から大学の講義があったけど、二日酔いと寝不足で起き上がれるわけもなく、オレは昼過ぎまで死んだように眠っていた。

 その日の夕方、今日はバイトも無くて助かった。いずれ彼女とは顔を合わさないといけない関係だけど、ひとまず今日は会わなくて済む。
 昼過ぎに起きてから半日無駄に過ぎてしまったけど、やりたい事も無い。
 食欲もあまり無い。
 気が付くと、優菜の事と、昨日の彼女との事を繰り返し思い出していた。
 気を紛らわそうと、いつ以来だろう、もう随分長い間触っていなかった気がするギターを手に取って、適当にコードを鳴らす。
 恋愛なんて、あんな不確かなものになんで人はのめり込んで夢中になるんだろう。
 オレはもう懲り懲りだ。
 優菜を好きになって、付き合って、あんなに幸せだったのに、こんなに簡単に気持ちが離れてしまうなら、最初からオレを好きにならないでほしかった。
 別れがこんなに苦しいなら、オレはもう二度と、誰も好きになったりしない。
 昨日の彼女だってそうだ。
 カラダだけの関係に何の意味があるんだよ。
 本当は好きな男がいるくせに、好きでもない男に抱かれて何が楽しいんだ。……だけど、自分の事を好きにはなってくれないのに、そんな好きな男の話をする時の彼女の表情だけは、何故だかとても綺麗に見えた。
 あぁ、そうか、彼女は、オレが諦めてしまった恋を、まだしているんだな……。

 指が自然と歌詞が書けなくて完成させる事を断念していた曲のメロディーを奏でる。

 ……あれ?今何か、閃いた。

 そして、その衝動のままに、ずっと書けなかった歌詞を今更、書く事が出来た……。


 バイトで例の彼女に会っても、彼女の態度は変わらない。一夜だけの関係というものに、余程慣れているんだろうな。……まぁオレとしても、その方が助かるけど。

 その後新たに何曲か出来てもう一度バンドをやりたいと思ったけど、前のバンドのメンバーはもう新しくバンドを組んでいるらしいというのは人伝に聞いて知っていたし、何よりあんな解散の仕方をした手前、オレからもう一度誘うという事は流石に出来なかった。

 そして、久しぶりに出向いた馴染みのライブハウスの店長にそれまでの経緯と事情をざっくりと説明すると、バンドのメンバーはめぼしいやつにあたってみるから、それまでは一人で弾き語りメインのイベントに出てみないか、と誘ってくれた。正直弾き語りは考えていかなったけど、そこまで親身になってくれる店長の誘いを断りなくなかったし、単純に面白そうだと思えたので二つ返事で出てみる事にした。

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