【小説】いかれた僕のベイビー #10
「用が無きゃ来ちゃいけなかった?」
『いきなり来ちゃった彼女』感を出すの、やめろ。
「そういうわけじゃないけど、……おまえ彼女と同棲始めたばっかじゃなかった?」
「あぁ、まぁね」
「ならそんな彼女ほったらかしてていいわけ?」
「もちろんちゃんと言ってあるし、英理奈さんも遠慮しないで行って来てって言ってくれたよ」
“英理奈さん”は杉浦の彼女で確かオレや杉浦より六歳年上。話すと長くなるがいろいろあった末に少し前から正式に付き合い始めて目下杉浦はそんな年上彼女の事を溺愛中だ。
だから同棲を始めてからオレが二度ほど飲みに誘った際は、あっさり断られたはずなんだがな。
「おまえ、なんかあった?」
「何が?」
「いや、だから、今日急に来た理由……」
「オレは無いよ。……何かあったのは、おまえだろ?」
は?……何だよそれ、何で杉浦がそんな事知ってるんだ?
「別に隠す事でも無いしさっさとネタバラしするけど、アミちゃんがおまえのこと心配して連絡くれたんだよ。フジは自分には話してくれそうにないからって、オレが相手なら話してくれるじゃないかって」
アミちゃん、やっぱオレの様子がおかしい事に気付いてたか。そりゃそうだよな、毎日のように一緒にいて、しかもよく気の付くしっかり者のアミちゃんが何も気付かないはずがない。
それに、さすがに身内のアミちゃんには、あの事は、言えないし。
「……おまえが悩んでる理由がどんなもんか知らないけど、オレにも似たような経験あるし、どうしても言いたくないなら無理に話さなくてもいい。けど、誰かに聞いてほしいって思うなら、オレはいくらでも話聞くから」
いつになく真剣にそう言う杉浦の様子から、今更ながら周囲にどれだけ心配をかけていたのかが窺い知れる。
正直、まだ迷う気持ちもある。
アレを、他人に言っていいのか……。
そして、それをきっかけにオレがこんなにもイラついている理由は自分自身でもまだうまく説明出来そうにない。
……だけど、オレだって、もう限界だ。
「おスギちゃん!聞いてくれるぅ?」
「おスギちゃん言うな!……やっぱ帰るわ」
「冗談だよ、ごめん。……マジで、聞いてくれる?けど、おまえも微妙に面識ある人の話だから、ちょっと覚悟して、聞いてね?」
そしてオレは、あの日の潮音ちゃんと向井さんの事、そしてそれ知ってからのオレのこのよくわからない苛立ちを、全て杉浦に話して聞かせた……。
「……向井さんなぁ、オレもそういえばおまえと一緒に飲みに連れてってもらった事あったな。その後はオレはあんまり会う機会なかったけど。まぁ憧れの人と自分とこのマネージャーのそういう現場は、正直見たくはないよなぁ」
「あぁ、ほんと、マジで勘弁してほしい」
「赤の他人がセックスしてるところだって目撃したら相当引くのに、それが身内ならなおさら、オレだって無理だわ。……しかも、事務所で仕事の合間にヤるって、相当ヤバイ現場見たなおまえ」
「……いやもう、それ以上言うな」
もうあの場面を無駄に思い出したくない。
「……で、付き合ってるならまだしも、知り合い同士のセフレの関係にモヤモヤする気持ちはわかるけど……、」
「……けど?」
「おまえに言われたくないだろな、二人とも」
笑いながらそう言う。
「自分でもわかってるし、実際言われたよ。なんて言うか、反論出来ないからなんか余計モヤモヤすんだよな」
「……自分はその二人とは違うって、思ってる?」
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