【小説】いかれた僕のベイビー #13
無事に向井さんたちより先に会場入りし、機材の搬入も終えてほっと一息ついていたところに向井さんたちが到着した。
本番を前に何度か電話やメールでのやり取りはしたが、直接顔を合わせるのは、あの日以来だ。
「お疲れさまです。今日は呼んでいただいて、本当にありがとうございます、よろしくお願いします」
「おー、長旅ご苦労さん。そういう堅苦しいのなくていいし、いつも通り気楽にやってー」
ただでさえ憧れのバンドとのツーマンライブで緊張しているのに、向井さんと潮音ちゃんとオレが同じ空間に揃うのも、もちろんアレ以来。
オレの知らない所では、二人はもっと会っていたんだろうけど。
だけど向井さんも潮音ちゃんも、お互いを気にする素振りなど一切無い。
従兄妹なんだから親しくしていても何ら不思議はないのに、絶妙な距離感を保つ二人の間に流れる空気に付き合いの長さを思い知らされ、さっきまで感じていた充足感はあっという間にかき消されてしまった……。
リハも順調に終わりスタートまでの時間、潮音ちゃんはマネージャーらしく電話したり川西さんと何やら真剣な表情で話し合ったり、あっちこっち動きまわって忙しそうにしていた。
一人で何処かへ行ったり、必要以上に向井さんと接触するような事もなく、ずっとオレたち側にいてくれた。
そしてスタートの時間が迫り、オレたちはステージ袖へ向かう。
心地よい緊張感と少しの恐怖心。
わざわざ確認してみなくてもわかる、超満員のフロア。もちろんそのほとんどが後に出る向井さんたちのバンドが目当てなんだけど、その中でもオレたちのライブを楽しみに来てくれた人、今日これから出会う人、ここにいるすべての人に、今オレたちに出来る最高の方法でもって、オレたちの音楽を届けたい。
定刻の19時を過ぎた。
お決まりのSEが流れフロアの照明が落ちる。
自然と湧き起こる歓声と拍手の中、まずドラムの玉田がドラムセットへ向かう。
アミちゃんはフロアからステージに向かって左側でベースを構えると早速笑顔を振りまいて男どもを魅了している。
最後にステージに向かう前にずっと隣にいてくれた潮音ちゃんを見ると、これからライブを行うオレたちよりも明らかに緊張した顔をしていた。
その顔がどうにも可愛く思えて、緊張感も恐怖心も何処かへ行ってしまった。
「じゃ、行ってくるね」
そんな潮音ちゃんの頭をぽんぽんと撫でてからステージへ。
颯爽とクールに登場するつもりが、潮音ちゃんのせいで半笑いで登場してしまったけど、まぁいいか。
おかげで思う存分、やれそうだ。
愛用のギター、フェンダーテレキャスターを手に取るとオレはマイクスタンドの前に立ち、超満員のフロアに向かって歌い始めた……。
大盛況で対バンツアー大阪公演の初日を無事に終えた。
いつもならそのまま朝まで打ち上げ、という流れが多いが、向井さんたちは明日の大阪二日目もあるので、打ち上げは早々にお開きとなった。
オレたちだけの遠征であればライブが終わってそのままハイエースで帰る事も多いのだが、今回はこんなオレたちでも一応対バンライブのゲストなので大阪に一泊する事を許されていた。
こういった場合、女の子のアミちゃんはいつも一人部屋。だけど今日は潮音ちゃんもいるのでアミちゃんは二人部屋にするつもりだったらしいが、ゆっくり休んで欲しいからと潮音ちゃんは自腹で部屋を取っていた。
ちなみにオレは騒がしい移動の車では誰がいようが割と眠れるのに、静かなホテルや自分の部屋では他人がいるとなかなか寝付けない。そのためオレも一人部屋にしてもらう事が多かった。
打ち上げ会場を後にしそれぞれ宿に向かう。
向井さん達にはインディーズ組のオレたちとは別の、ワンランク上のホテルが用意されている。
タクシーでホテルに向かう向井さんたちを見送り、オレたちは徒歩でホテルへ。
はやく休みたいアミちゃんと玉田はオレの遥か前を歩いている。オレはホテルに戻ってもどのみちすぐには寝付けないのがわかっているのでその後ろをゆっくり歩く。そんなオレを潮音ちゃんが時々心配そうに振り返って見ていた。
またオレの中に悪戯心が湧いてくる。
ホテルの近くのコンビニの前を通りかかった時、潮音ちゃんがまた振り向いてくれるのを確認してからオレは一人でコンビニに入った。
さて、どうするかな……。
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