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【小説】いかれた僕のベイビー #12

 全国8ヶ所10公演の対バンツアー、オレたちが出るのは6ヶ所目、大阪公演の初日、ついにこの日がやってきた。
 同じ事務所の後輩バンドという接点はあるものの、インディーズデビューからまだ一年の若手を大阪の対バン相手にブッキングして貰えたのは、オレたちにとってはとんでもなく光栄な事だ。本当に感謝しないといけない。
 そんなバンドのリーダーでもある向井さんは、潮音ちゃんの事さえなければ、ミュージシャンとしても先輩としても本当にカッコ良くて尊敬出来る、良い人、なんだけどなぁ。


 メジャー組の向井さんたちの移動手段は行き先が大阪ともなれば主に新幹線。対してインディーズ組のオレたちはいつものハイエースだ。
 潮音ちゃんがマネージャーになってからの大阪遠征は実はこれが初。
 最近の車移動はもともと車の運転は好きだと言う潮音ちゃんに甘えてほぼお願いしていて、たまに玉田が運転を変わってくれていたが、大阪までの長距離なので今回はチーフマネージャーに昇格した川西さんも同行してくれている。
 早朝に出発して途中何度か小休憩を挟み、ライブハウスの入り時間までには余裕で着けそうだ。
 サービスエリアで早めの昼食を済ませて少しだけゆっくりする。

「潮音ちゃんほとんど運転してくれてありがとねー、疲れてない?大丈夫?」

 アミちゃんは運転免許さえ持っていないので運転してくれた人にはいつも大袈裟な程の心配と感謝をする。とはいえ運転させられるのは絶対嫌だから免許を取る気はさらさら無い事もオレはちゃんと知っているぞ。

「はい、思ったよりも大丈夫でした」

「ほんといつもありがとね。お礼に奢るし一緒にソフトクリーム食べない?ここのサービスエリアのソフトクリーム美味しくて有名なんだよ」

「……そうなんですか?」

 あ、嬉しそう。

「うん、食べよー」

 そう言ってアミちゃんは潮音ちゃんの手を引っ張って名物ソフトクリームを買い求める人の列に並んだ。
 ちなみに川西さんと玉田は先に昼食を終えて先にソフトクリームも食べていた。大阪方面に遠征に行くときはこれがほぼルーティンになりつつあるが、オレは甘いものはあまり好まないので食べた事は無い。
 しばらくしてアミちゃんと潮音ちゃんがそれぞれソフトクリームを手に戻って来た。

「……本当に美味しいですね」

「でしょ?」

 アミちゃんはいつも通り幸せそうな顔でソフトクリームを食べる。
 潮音ちゃんも、やっぱり嬉しそうだ。

「……好きなの?」

「……え?」

「ソフトクリーム」

「あ、はい……、実は、大好きで……」

 ちょっと顔が赤くなった。

「そうだったんだ、良かった。それにしてもフジくんよく気が付いたね」

「ん?見てりゃわかるじゃん、なんか嬉しそうだったし」

「………そう?」

 なんでかアミちゃんは不思議そうな顔をしている。
 しかし、今まで一度も食べてみたいとも思わなかったけど、潮音ちゃんが嬉しそうに食べてる姿を見てると、なんか、無性に食べてみたくなってきた。
 だけど、あれを全部食べるのは、無理だろうな。

「ねぇ、一口ちょうだい」

「……え?」

 潮音ちゃんの返事を待たずに彼女の手からソフトクリームを一口食べる。そのまま潮音ちゃんの顔を覗き見ると、さっきよりも頬に赤みが増したのがわかった。

「ちょっと!フジくん、何やってるの?せっかくあたしが潮音ちゃんに食べて貰いたくて買ったのに!食べたいなら自分で買いなよ」

「ん、確かに美味い、けどさすがにコレ一個はオレは無理だわ。先に車戻ってるし、潮音ちゃん車のキー貸してー」

「……はい」

 潮音ちゃんがいつも下げているサコッシュからハイエースのキーを手渡してくれる。
 二人に背を向け、ハイエースに向かうオレの足取りは妙に軽く、なんとなく、今までに無い充足感を感じていた……。


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