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【小説】いかれた僕のベイビー #25

「……そうか、まぁ、おまえにしては、早かったな」

 オレが話し終えるとまず杉浦はそうこぼした。

「何が?」

「自分の気持ち自覚するの」

「……おまえ、やっぱ気付いてたよな」

 前に杉浦と二人で飲んだ時、杉浦はオレに“気付けるといいな”と言って意味ありげに笑っていた。

「おまえが歌詞が書けない理由は、人を好きになる気持ちとか恋愛がわからないんじゃなくて、むしろわかり過ぎて過去を思い出さない為の予防線みたいなものだっただろうし、一人の女の子に執着してる時点で気になってるんだろうなとは思ってたけど、自分自身で気付かないと意味ないし、また誰かを好きになる事は、おまえにとってはパンドラの箱開けるようなもんだろうから、オレはあれ以上どうこう言うつもりは無かったよ」

 パンドラの箱、まさにその通りだな。

「だけど、もしおまえが潮音ちゃんを救う事が出来たら、同時におまえも救われるだろうと思ったから、オレはおまえが潮音ちゃんを好きだと自覚する事にかけてた。……自覚の仕方がちょっとキツかっただろうから、今日は荒れるのもまぁ仕方ないとしても、おまえは、この先どうしたいの?」

 この先、オレはどうしたいんだろう。
 セフレの関係を解消してまともに歌詞を書けるようになりたいた思ったのも、潮音ちゃんに向井さんとの関係をやめさせたいと思っていたのも事実だ。
 だけど、オレの目の前で、潮音ちゃんはオレじゃなくて向井さんを選んだ。
 その事実は想像以上にオレに重くのしかかっている。
 オレに、潮音ちゃんを救うことなんて、出来るのか?そもそも、潮音ちゃんは救われたいなんて、思っているのか?

「オレは、おまえや潮音ちゃんが本気で心配してくれてるのはわかったし、オレ自身も出来れば普通に歌詞書けるようになりたいし、そこは、なんとかするつもり。……だけど、潮音ちゃんの事は、今は正直、なんとも言えない」

「……まぁ、すぐに答え出せとは言わない。……けど、」

 杉浦は一度言葉を切る。

「けど?」

「……おまえ、まだ何にもしてないよな?」

 真っ直ぐオレの目を見ながら放たれた杉浦の言葉にはっとする。

「オレも、正直逃げてばかりで何も出来なかった時期がある。だから、敢えて言うけど、逃げていいよ、いくらでも。特におまえは、いきなり無理する必要はない。……けど、逃げたらダメなタイミングはきっと来るから、その時はちゃんと立ち向かえ。向井さんの事だって、最初からわかってた事だろ。……それでもおまえは、そんな彼女を好きなったんだろ?」

 ……その通りだ。
 向井さんとの関係を知った上で、それでもオレは潮音ちゃんに惹かれていく気持ちを抑えられなかった。
 潮音ちゃんに優菜の話をしたのも、ありのままのオレを彼女に知っていて欲しかったからだ。
 それにオレはまだ潮音ちゃんの話を聞いていない。

 ――藤原さん、……私も――

 あの時、潮音ちゃんは確かに何かオレに言おうとしていた。
 せめて、あの言葉の続きだけでも知りたい。
 何も出来ないかもしれない。
 だけど、何もしないでいるのとは違うだろ。
 もし、彼女も現状を変えたいと思っているのであれば、オレが諦めるわけにはいかない。
 杉浦の言う通り、オレはまだ、何もしていないんだ。
 そして、何より……、

「……うん、オレ、潮音ちゃんが好き」 

 それだけは、紛れもない、事実だ。



 翌日、仕事で潮音ちゃんと顔を合わせても、オレは案外落ち着いていた。
 この数年で自分を取り繕う事に慣れてもいたし、何より昨夜杉浦がわざわざ駆け付けくれてまで話を聞いてくれた事はかなり大きかった。
 潮音ちゃんも当然自分からは何も言わないし、オレに対する態度もいつも通りだ。
 わかりきっていた事だから、苛立つような事もない。
 それに内心はどうかはわからないが、表面上は平静を保っていてくれる方が今は正直、ありがたかった。

 潮音ちゃんに対する自分の気持ちは認めるし、いまさら否定するつもりもない。
 だけど、セックスだけならともかく、オレの恋愛スキルなんて所詮大学生、いや下手したら高校生止まりで、はっきり言って何をどうしていいのかさっぱりわからない。
 加えて相手はこれまで人を好きになった事がなくて、従兄妹でもある向井さんと恐らくはそれなりに長い期間カラダだけの関係を続けていて、さらにはオレのマネージャー。

 改めて考えてみなくても、これ、相当難しいだろ。



 そして何も出来ない、何も言えないままさらに数日が過ぎた。
 杉浦には『無理しなくていい』なんて言われたし、オレ自身もいきなり全開で、とか考えてもいないし、何よりオレが一人でジタバタしたところで潮音ちゃんと向井さんの関係が簡単に変わるわけでもない。
 現実は現実として受け入れて、その上で一歩ずつでもオレに出来る事、今はそれを考えて行くしかない、もどかしい日々が続いていた。

 そんなある日、事務所内で久しぶりに向井さんの姿を見かけた。
 直接顔を合わせるのは目の前で潮音ちゃんを連れて行かれたあの日以来だったけど、人の出入りもそこそこある日中に向井さんと二人きりになるような事もなく、間もなく向井さん達は次の仕事に向かうため事務所を出るところだった。
 今はまだ向井さんと対峙する勇気もない。
 情けないけど、少しほっとしていたところに、

「フジ、ちょっと来いよ」

 笑顔の向井さんがオレの前に立ちはだかった。



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