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【小説】いかれた僕のベイビー #42


「コーヒー、もう一杯入れようか?」

「……いえ、大丈夫です」

 もう一度潮音ちゃんをソファに座らせてさっきまでと同じようにテーブルを挟んで潮音ちゃんの正面に座る。
 いつまでも逃げていられないけど、嫌だな。
 正直、まだ聞きたくない。
 オレの心が定まらない内に、潮音ちゃんはゆっくりと話し始めた。

「あの、……藤原さんの私に対するお気持ちは、本当だとして……」

 ……ん?

「え、なに、まだ微妙に信じてもらえてないの……?」

 それは、さすがに、……ちょっと傷付く。

「いえ、そうではなくて、……というか、私が自分に自信がないせいで、なんというか、今日は好きでいてもらえても、明日には気持ちが変わっているんじゃないかと、そんなふうに考えてしまって、だから、信じてないわけじゃないんですけど、……けど、そうですよね、それじゃ信じてないのと同じですよね……」

「……わかった。じゃあ、これからは毎日好きって言う」

「いや、そういう話では……」

「そういう話だよ。正直改まって話したいって言われてオレすげぇビビってたけど、まだ全然その段階なんだね。完全にオレの努力が足りてない。……つーか潮音ちゃんはようやく向井さんの事が落ち着いたんだから考えてみたらこれからだよね?だからこれから毎日オレが何回でも好きって言ってオレの事ですぐに頭ん中いっぱいにするから」

「……そんなの、もう、……」

「え、なに?」

 声が小さすぎて最後聞き取れなかった。

「もう一回言って?」

 立ち上がって潮音ちゃんの隣に座り顔を覗き込む。

「……なんでもないです」

 オレの視線から逃れるように潮音ちゃんは顔を背けた。

「潮音ちゃん……」

「なんですか、……だいたい、私はあなたのマネージャーなんです。立場というものがあるんです」

 泣きそうな、困ったような顔で訴えかけるように言う。

「……うん」

「なのに、そんな事全く気にしてくれてないし」

「うん、マネージャーの潮音ちゃんも普段の潮音ちゃんもどっちも好きだからね、そこは気にしてもしょうがないなと」

「藤原さんだけじゃない、……アミさんも玉田さんも、川西さんまで、気付いてるはずなのに、誰も問題にもしないし……」

「あー、玉田はよくわかんないけどアミちゃんは多分応援してくれてるし、川西さんも、まぁいいんじゃないかと」

「昭仁さんまで……、」

「え、向井さんに何か言われたの?」

 なんかちょっと怖いな。

「……考えてる事顔に出るようなったなって、藤原さんの影響だろ、って……」

 あぁ、そういえばオレも言われたし、買い物に行く前の表情について話していた時も『そんなに顔に出てましたか?』といつもより気にしていたな、そういう事か。

「そっか。……それで、みんなの反応や向井さんの言葉を聞いて、潮音ちゃんは、どう思ったの?」


「どうって、だから、私はマネージャーなんです。……そんな簡単に割り切って考えられない」

「うん、じゃマネージャーって事、一回忘れようか?」

「……無理です」

「そ?なら、そのままでいいし、じゃあ、そうだな、そもそもなんでマネージャーとミュージシャンで付き合っちゃダメなの?」

「……そんなの、ダメでしょ?たくさんのファンの女性を裏切るような事……」

「でも恋愛しろって言ったの潮音ちゃんだよ?」

「それは!私じゃなくて……」

「じゃあ、オレが他の女の子好きになって、付き合っても、いいの?」

「それは……」

「……ねぇ、潮音ちゃん、ちょうど今も話してたよね?考えてる事顔に出てるって。向井さんにも言われたんでしょ?……今、潮音ちゃんどんな顔してるか、自分でわかる?」

 縋るような目でオレを見て、無言で首を横に振る。

「“オレの事が好き、だから他の女の子となんて付き合ってほしくない”って、顔してるよ」

 俯いて顔を真っ赤に染めながらも潮音ちゃんはオレの言葉を否定しない。

「……抱き締めて良い?」

 「良い」とも「良くない」とも言われないので勝手に「良い」事にしてそっと抱き締める。

「潮音ちゃんが自分の立場とか、オレの事も心配していろいろ考えてくれるのはマネージャーとして当然だろうし、ありがたい事なんだけど、マネージャーとか仕事とか関係無くさ、潮音ちゃん、変わりたいんだよね?……恋したいんだよね?オレはその相手がオレじゃないと絶対嫌だしそこは誰にも譲る気はない。……けど、今のままでは潮音ちゃんがどうしても無理って言うなら、……オレ、バンド、辞める」

「何言ってるんですか!そんなの絶対駄目です!それなら私がマネージャー辞めるから……」

 泣きそうな顔でそう言ってくれた潮音ちゃんと目が合う。……ダメだ、顔が勝手にニヤける。

「今、……騙しました?」

「ごめん、でも、マネージャー辞めなくていいから、オレと、付き合ってよ」

「……二度と、バンド辞めるなんて嘘、付かないでください」

 全然怖くない顔でオレを睨みつけてくる。

「うん、バンドやってたおかげで潮音ちゃんに出会えたんだもん、もう絶対言わないし、絶対辞めないから、……オレの彼女になってくれる?」

 相変わらずの赤い頬にそっと手を添える。
 熱を帯びた瞳で潮音ちゃんはじっとオレの目を見つめかえして……、

「……………はい」

 小さく微かに震える声で、それでも確かに彼女はそう言ってくれた。

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