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【小説】いかれた僕のベイビー #41

「めっちゃ出てたよ」

「……そうですか」

「あの一瞬で、それから多分スーパー行ってからもどうしようって悩みながらこのオムライス作ってくれたんだね、マジでありがとう」

 自分の分はとっくに完食しているので潮音ちゃんの前にある残りのオムライスにスプーンを伸ばす。

「前もって言ってくれたら、もうちょっとマシなもの作れたのに」

「充分美味しいけど、前もって言ったら、また作ってくれるの?」

 頬を赤く染め、オレの顔をチラッとだけ見てすぐに目を逸らす。

「……いいですよ、それくらい」

 そんな顔で、そんな事言われると、オレもう本当に我慢の限界なんだけど。

 だけど、その前に潮音ちゃんに確かめておかないといけない事がまだある。



 食事を終え、残り物は冷蔵庫へ入れて、テーブルの片付けも使った食器の洗い物も結局全部潮音ちゃんがやってくれた。……そして、

「では、私はそろそろ帰ります」

 ……言うと思った。
 いや、オレは曲作りの最中だし、そうだろうけど、ここへ来てくれたのもマネージャーとしての責務だろうけど。

「潮音ちゃん、ちょっと待って!もう少しだけ、話したい事があるから」

「でも、曲作りしていただかないと、私も様子見に来るだけのつもりが、思いのほか長居してしてしまってますし」

「ちょっとだけ、……向井さんの事とか」

 潮音ちゃんの顔色が変わる。

「……わかりました、では、少しだけ」



 潮音ちゃんにソファに座ってもらい、コーヒーを二人分入れて一つを潮音ちゃんの前に置く。

「ありがとうございます。あの、私の事は気にせずお酒飲んでいいですよ?」

「あぁ、うん、ありがとう。……けど、オレ考えたら今日の作業あんまり進んでないし飲んでる場合じゃなかった。だから、話もなるべく手短にするね」

「はい」

 テーブルを挟んで潮音ちゃんの正面に座りコーヒーを一口飲む。

「オレさ、曲作りで家に籠る前に向井さんに呼ばれて、向井さんの家で二人で話したんだよ」

「……そうだったんですか」

「うん、……それで、今回の事と、潮音ちゃんの事、改めて向井さんから聞いた。だいたい潮音ちゃんから聞いてた通りだったけど、二人から話を聞いてオレが思った事、言ってもいい?」

「………はい」

「潮音ちゃんと向井さんは、真逆の性格だってずっと思ってたんだけど、実はそんな事なくて、むしろすごく似てるなって思った。ずっと一緒に育ったんだから相手の事誰よりも理解して考えてる事わかるのも、考え方自体が似てるのも当たり前だと思うし、何もおかしな事じゃないんだけど、お互いが思ってるよりもずっと、お互いを大切に想ってて必要な存在だったんじゃないかなって、そんな気がした。……違う?」


「……どう、ですかね。……冷静になって考えてみるにしては、余りにも不毛な時間を重ね過ぎて簡単に出来そうにはありませんけど、どんな意味であれ、昭仁さんが私の中で大きな存在だった事に間違いはありません」

「……そうだよね」

「実は、私も昨日、昭仁さんと電話で話したんです」

「そうなんだ」

「はい。……それで、これまでの事、謝られました。謝って済むような事じゃないけど、本当に悪かった、と……」

「そっか。向井さんオレにも謝ってくれて、オレにも、潮音ちゃんとの関係はもうやめるって、言ってたよ。……けど、向井さんは、寂しそうだった。口に出しては言わなかったけど、オレにはそう見えた」

「…………」

「……もし、この先、やっぱり向井さんが潮音ちゃんの事が必要だと言ったら、潮音ちゃんは、どうする?」

 潮音ちゃんの瞳が切なげに揺れる。

「正直、なんとも思わない、という事は無理だと思います。その時の私に出来る事があるなら、なんとかしたいと思うかもしれない。……けど、私と昭仁さんは一緒にいては駄目なんです。お互いに駄目な自分を許し合ってしまうから。……だから、私はもう、昭仁さんのもとには、帰らない」

 最後はオレの目を見てそうはっきり言ってくれた。

「……うん、オレも、そう思う。それで良いと思うよ」

 オレの言葉を受けて、オレの目の前で潮音ちゃんがふわっと微笑む。

 ……あぁ、今、物凄く抱き締めたい。

 二度目の彼女の笑顔をずっと見ていたいのに、直視している事が出来ずマグカップに視線を落とす。底に残っていたコーヒーを飲み干すと短く息を吐いてカップを片付けるため立ち上がる。

「あ、私が片付けてから帰るので置いておいてください。……藤原さんははやく曲作りの続きを……!」

 自分が使ったマグカップを持ってオレを追いかけて来てくれた潮音ちゃんの手からカップを受け取り流しに置くと、そのまま潮音ちゃんを正面から抱き締めた。

「……ごめん、ちょっとだけ、このままでいて」

 潮音ちゃんはオレの腕の中でやっぱり固まっている。

「待つなんて言って、こんな事ばっかりして、信用ないよね?……けど、潮音ちゃんの笑顔見られて、嬉しくて舞い上がっちゃった。だから、今だけ、許して……」

 そう言って抱き締める腕に更に力を込める。

「……あの、藤原さん、……私も、もう少しだけ話をしても、良いですか?」

 オレに抱き締められたまま絞り出すように彼女が言う。

「………うん」

 一方的に押し付けるだけ押し付けて来たオレの気持ちに対する潮音ちゃんの答えを、ちゃんと受け入れる覚悟をしないと……。




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